TATTOO COLUMN

第12話 温泉旅行 ▼
前回までのあらすじ----------
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翌朝、二人は何事もなかったかのように出勤した。

彫光喜は早朝の中央本線でいったん自分のアパートに帰り、着替えなどをして家を出た。

ひょっとして香水など、梨奈の移り香があるといけないので、シャワーを浴びてきた。


 道場で会ったときも、昨夜のことはおくびにも出さず、いつもどおりの挨拶をした。


 その日は梨奈も彫光喜も予約がなかったので、昨夜の約束どおり、お互いの肌に色づけすることになった。


梨奈が彫光喜の背中を彫っている最中に、彫甲が仕事を一休みして、二階に上がってきた。

そしてしばらく梨奈の施術を見物していた。

彫奈もうまくなった。まだ和彫りに関しては、青龍や大海に一日の長があるとはいえ、彫る技術そのものは彫奈が上だな。序列は一番下でも、実力はうちのナンバー2だ。光喜も伸びてきたし、これなら青龍、大海を別の道場に移しても、ここは三人でやっていけるな」


彫甲は上機嫌で話した。

梨奈は手を休めて、「青龍さんと大海さん、道場を持つのですか?」

と尋ねた。

昨夜彫光喜から聞いたことが、さっそく師匠の口から出た。


「まだ先のことだがな。

大須か栄、名古屋駅あたりに道場にする物件を探している。

郊外の駐車場を備えた道場もいいかもしれん。

名古屋は車社会だからな。

彫甲一門の東海制覇の第一歩だ。


今のところ青龍、大海をそっちに行かせるつもりだが、場合によっては光喜や彫奈に行ってもらうことになるかもしれないから、そのつもりで頑張ってくれ」


彫甲は満足そうな顔をして、仕事場に下りていった。

梨奈は作業を再開した。


「やっぱり青龍さんに道場を持たせるって話、本当だったようだね」


彫光喜が梨奈の針を受けながら言った。


「そうですね。

でも場合によっては私たちに行ってもらう、なんてことも言ってました」


「たぶんそれはないと思いますよ。

やっぱり青龍さんは師匠の一番弟子だから、そのへんの序列を乱すことはしないでしょうね。

青龍さんは、師匠が福岡でやくざの用心棒をしていたころからの舎弟だったそうですよ。

師匠が福岡で彫筑師匠に弟子入りしてから、しばらく疎遠になっていたそうですが、青龍さんが福岡で食い詰めて、師匠を頼って名古屋に来たそうです」


「そうだったんですか。

青龍さん、福岡時代からの知り合いだったのですね。

知りませんでした。

時々博多弁が出るので、九州の人かな、とは思ってましたが」


梨奈は彫青龍にいろいろ尋ねたいこともあったが、気軽に声をかけられる雰囲気ではなかった。


「だから、青龍さんを飛び越えて俺たちが新しい道場に行く、ということはまずないでしょう。

頑張れば俺たちにも将来道場を任せてやるぞ、という励ましだと思います」


彫光喜は自分の考えを述べた。


「そうですね。

先輩たちが道場を持たせてもらえるのなら、私たちもいずれ独立させてもらえるかもしれない。

頑張らなければ、という気になりますね。

私も早く認められて、髪を伸ばしたいです。

いつまでも丸坊主はいやだから。

私だって女ですもの」


梨奈は師匠に二人の仲を認めてもらいたい、と言いたかった。

しかし万一彫青龍に聞かれるといけないので、迂遠な言い回しをした。

その気持ちは、彫光喜も十分理解していた。



梨奈と彫光喜はお互いの肌を彫り合った。

彫光喜の騎龍観音は美しくできあがった。

女性の繊細な色彩感覚を存分に発揮した、優美な仕上がりだった。

彫甲が仕上げていれば、遙かに力強いものになっていただろうが、美しさ、精緻さでは梨奈の独擅場だ。


梨奈の腹部の赤い龍も力強く完成した。

彫光喜の技量もぐっと上がってきており、誰に見せても恥じない龍だ。

彫甲に弟子入りしてまだ半年だが、著しく力をつけてきている。


二人の弟弟子の飛躍を目にして、彫青龍は危機感を募らせた。

自身は弟子入り四年目にして、ようやく弟子としての立場から、一人前の彫り師として認められつつある。


しかし、梨奈と彫光喜は急速に力をつけてきている。

梨奈は彫甲入れ墨道場に来る前にもプロとしてやっていたのでまだしも、わずか半年の彫光喜がのし上がってきていることは、彫青龍にとって脅威だった。

自分や彫大海より、ずっと進歩が早い。

気のいい大海なら何とでもなるが、時には自分に反抗的な態度をとる光喜と彫奈は要注意だ、と彫青龍は警戒した。


新しい道場は春日井市の物件に決まった。

名古屋市内ではないとはいえ、春日井市中心部に近い一軒家を、安く借りることができた。

建物は古いが、庭を駐車場として使用することができる。

中央本線の春日井駅から徒歩10分ほどで、交通機関利用者にも便利だ。


新しい道場は彫青龍と彫大海に任されることになっている。

この二人は弟子としてではなく、彫甲一門の正式な彫り師として赴くことになる。


しかし気まぐれな師匠のことだ。

何か失敗でもやらかせば、春日井道場のトップの座を彫大海に奪われかねない。

そして下手をすれば、彫光喜や彫奈に春日井道場行きの権利を持っていかれないとも限らないのだ。


彫甲は福岡での用心棒時代からの舎弟である自分のことを、いつもかわいいと言ってくれる。

彫大海以下三人の弟子とは、師匠とのつながりの深さが違うのだ。

彫青龍は彫甲一門ナンバーワンの座を、どんなことがあろうとも、守り切る覚悟だった。



今年のゴールデンウィークは5月の五連休などがあり、道場にとっては書き入れ時だった。

梨奈たちは丸二週間休みが取れなかった。

ゴールデンウィーク期間は、平日の4月30日以外は、道場は朝10時から夜8時、9時までフル稼働だった。

梨奈もこの連休でかなり稼ぐことができた。

ゴールデンウィークが忙しかったので、5月下旬の水曜、木曜は休みとなり、道場で慰安旅行に行くことになった。

行き先は三重県津市の榊原温泉だ。

梨奈にとっては、榊原温泉は初めてだ。


彫甲入れ墨道場では、毎年春秋に、弟子たちを全額道場の負担で慰安旅行に連れて行く。

はちゃめちゃ師匠も、一応弟子には気を遣っていた。


去年の秋は、彫光喜が入門する直前に行ったので、彫光喜も初めての参加だ。

梨奈は彫光喜と一緒に行けるのが楽しみだった。

しかし彫甲や彫青龍に怪しまれるような行動は慎まなければならない。


最初は彫甲と四人の弟子で行く予定だったが、今回は慰安旅行では初めて彫甲の奥さんが同行することになった。

平日で学校が休みではないので、二人の子供は連れて行けない。

それで子供は祖父、祖母にみてもらう。


彫甲一家が名古屋に転居してきたとき、妻の美好の両親も名古屋に呼び寄せたのだった。

名古屋でちゃんこ料理の店を開けば、両親共働きになるので、子供のめんどうをみてもらうためだ。

それに美好が名古屋に来れば、福岡には両親の身寄りがいなくなってしまう。

美好の兄と妹は東京、神戸に出ていた。


美好が所用で道場に寄ったとき、梨奈は今夜道場を閉めたら、美好が経営するちゃんこ料理店武甲山に寄るように、そっと耳打ちされた。


「ごちそうしてあげるから、夕ご飯はあまり食べずにいらっしゃい」


武甲山には道場の人たちとたまに食べに行くが、一人で行くのは初めてだ。

梨奈は何か話があるのだろうと思った。


夜9時過ぎに、梨奈は武甲山に行った。

武甲山の営業は10時までだ。

遅い時間だというのに、店はけっこう賑わっている。

元力士で、部屋のちゃんこ長を務めていた彫甲の指導で、味付けがおいしいと評判だ。

彫甲は意外と料理が得意だった。


彫甲こと武甲山はあと一歩で十両入り、というところで、足首を複雑骨折した。

怪我の回復後、土俵に上がっても、以前のような瞬発力は戻らなかった。


力士としては小兵だった武甲山は、持ち前のスピード、瞬発力、強靱な足腰で巨漢力士を倒してきた。

そんな武甲山にとって、足首の大怪我は致命的だった。


関取を目前にしながら、地位を大きく下げてしまった武甲山は、ちゃんこの味付けがうまいことに着目され、親方から部屋のちゃんこ長を任じられた。

ちゃんこ長をやっていては、十分な稽古ができないし、以前の強靱な足腰は戻らず、結局武甲山は相撲界から引退した。

怪我さえしなければ、三役も夢ではないと嘱望されていただけに、非常に惜しまれた引退だった。


引退後、九州場所でひいきにしてくれた親分さんから誘われ、暴力団の用心棒となった。

自らも背中に花和尚魯智深を背負い、いれずみに魅された彫甲は、暴力団から足を洗い、九州一の彫り師と言われる彫筑に弟子入りしたのだった。

彫り師名は現役時代の武甲山から“甲”をとり、彫甲となった。

兄弟子に彫武がいたから、彫甲としたのだ。


「いらっしゃい。

お待ちしていました」


武甲山の従業員が梨奈を個室に案内した。

梨奈は二人のウエイトレスとは顔なじみになっている。


「呼び出しちゃってごめんなさいね。

一人でちゃんこは何だから、定食でいいかしら。

味は何がいい?」


「はい。

豚骨味でお願いします。

どうもすみません」


鍋の味付けは、醤油や味噌、塩味、水炊きなどいろいろある。

梨奈はその中でも豚骨味が好きだった。

福岡出身の美好独特の味付けだ。

実家はかつてラーメン屋をやっていた。

博多名物の豚骨ラーメンだ。


美好はウエイトレスにちゃんこ定食を持ってくるように言いつけた。


「うちの旦那、少々問題がある人だから、彫奈も苦労してるでしょう。

少々どころか、大いに、かな」


美好は笑って切り出した。


「来た早々、丸坊主にされ、頭に入れ墨まで彫られちゃって。

前々から女彫り師の希望者が来たら、根性を試すためにやるようなことを言っていたけれど、本当に彫るなんて。

彫奈が初めてここに来たとき、頭を見てびっくりしちゃったわ。

彫奈もよく耐えたわね」


美好は福岡市の生まれだが、流暢な標準語で話す。

かつては彫筑のもとで、彫甲とともに入れ墨の技術を学んでいた兄弟弟子だった。

現役時代は彫好(ほりよし)と名乗っていた。

彫甲との結婚を機に、彫り師を引退した。


美好自身、自分はそこそこの絵は彫れるものの、一流といえるほどの才能には恵まれていないと痛感していた。

もちろん彫筑が一門の彫り師として認めたのだから、十分な技量を持っていた。

美好は自分の夢を梨奈に託し、ぜひ女性彫り師として大成してほしいと願っている。


「あの人はちょっと気に入った女を見ると、入れ墨を彫りたくなるの。

わるい癖だわ。

私も服で隠れる部分は、ほとんど入っちゃってるわ。

背中は当時の師匠だった彫筑さんに、私の守護仏である阿弥陀如来を彫ってもらったけど、それ以外はあの人に彫られたの。

自分で練習のために彫ったところもあるけど」


美好はそう言いながら、左の袖をまくった。

手首まで龍と桜が入っていた。

梨奈と同じように額彫りで、周りが黒く染められている。

そのため、店ではいつも長袖を着ていなければならない。

足首まで入っているので、丈の長い和服に割烹着姿だ。


彫り師の妻だから、全身に彫り物が入っていることについて引け目を抱くことはない。

けれども子供たちが学校でどう思われるか、それだけが心配だという。

父母会などでは、やはりママ友たちの視線が気になる。


「うちの従業員は全員大なり小なり墨が入ってるわ。

給仕の女の子も二人とも背中に大きく入れてるし。

墨が入っているので、うちを辞めると次の就職が難しくなるから、長いこと居着いてくれるんで、私としては助かるけど。

彫奈も結局全身に彫られちゃったのね」


「私の場合は、こちらに来る前に、すでに背中一面、足首まで入っていました。

脚は自分で練習して彫ったんですが」


梨奈は武甲山の従業員も全員に入れ墨が入っていることが少し意外だった。

武甲山にはウエイトレス二人と板前が二人、それから仕入れや事務などをしている男性がいる。

女将である美好を含め、六人で切り盛りしている。


美好と話しているうちにちゃんこ定食が届いた。

ウエイトレスのうち、若いほうの子がオーダー品を持ってきた。

梨奈より少し年上で、25歳ぐらいだ。

彼女の背中にも大きな入れ墨が入っているなんて、今まで思ってもみなかった。

どんな図柄が入っているのだろうか。


「それじゃあまず食べなさい。

遅い時間だから、おなかすいたでしょう。

食べ終わったら、少しお話したいから、座卓のチャイムを押してね」


そう言って美好は出ていった。


梨奈は夕方6時から予約が入っていたので、5時ごろ夕食を食べた。

食事はいつもより少なめにしておいた。

だからかなり空腹だった。


最近は食事係だった彫光喜と梨奈もかなり客に彫るようになったので、食事は店屋物をとったり、近くの牛丼屋やホカ弁に弁当を買いに行ったりしている。


彫甲は食事係が必要だから、そろそろ新しい弟子を採るか、と言っている。

もちろん食事係のためではなく、彫青龍と彫大海が秋には春日井の道場に赴くので、八事道場で新しい彫り師を養成するためだ。

丸刈りにさえされなければ、レディースの山葉洋子が弟子入りしたいと希望している。

洋子は弟子入りに備え、デッサン教室に通って絵の勉強に励んでいる。


博多仕込みの豚骨味はおいしかった。

奥さんがわざわざ呼び出して、どんな用事だろう。

そう思うと、ゆっくり味わって食べる気分になれなかった。


食べ終えた梨奈は、チャイムを押した。

料理を運んできた女の子が、空になった食器を下げた。

そして美好が入ってきた。


「今度、みんなで榊原温泉に行くことになっているでしょう。

それでちょっと注意しておこうと思ってね」


美好は本題に入った。


「はい。

榊原温泉は初めてなので、楽しみです。

“美肌の湯”だそうですね。

三名泉の一つとも聞いています。

奥様も一緒に行かれるんですね」


梨奈は注意ということが気になったが、とりあえずお愛想を言った。


「光廣が女にだらしがないということは彫奈も知っているね」


「え、は、はい」


奥さんを前にして、はっきり答えにくい質問だった。

光廣というのは、彫甲の本名だ。

彫甲は河合光廣という。


「私が今回、一緒に行くことにしたのは、彫奈、あなたを女性一人で行かせたくなかったからなのよ。

あなた一人なら、間違いなくあの人に手込めにされるわ。

光廣は彫奈を毒牙にかけようと、機会を狙っていたんだから。

夫の恥をさらすようだけど、それだけは阻止したいから」


美好の言葉は、梨奈にとって衝撃だった。

まさか師匠が私を毒牙にかけようとしているなんて。


「一番いいのは、今度の旅行、彫奈が参加をしないことだけど、行くのをやめればあの人のことだから、機嫌を損ねて、しばらくは彫奈に辛く当たるでしょうからね。

だから私が一緒に行って、あなたを守ってあげる」


美好は武甲山の二人のウエイトレスは、実は彫甲の愛人だということを打ち明けた。

去年までの慰安旅行には、この二人も連れて行ったそうだ。


「旦那の二号、三号を自分の店の給仕として雇うなんて、私にとっては屈辱だわ。

でも、昌枝と若菜には責任はないし、よく働いてくれるから。

わるいのはあの子たちに手をかけた、うちの旦那よ。

入れ墨まで彫って、あの子たちの一生をめちゃくちゃにしてしまったのよ。

大きな入れ墨を彫られて、まともな会社で働くことができなくなったから、うちが受け皿になってあげたの。

私は彫奈を旦那の四号さんにはしたくないのよ」


昌枝と若菜は、武甲山のウエイトレスだ。

彫甲は気に入った女の子を口説き、自分の愛人にして、全身に入れ墨を彫ってしまったという。

彫甲に犯されそうになり、店を辞めたウエイトレスもいた。


何という人だろう。

梨奈は美好の話を聞き、あきれてしまった。


以前、ある教団の教祖が、教団内にハーレムのような施設を作り、女性信者に手を出していたという。

そういえば彫甲の長髪と髭は、なんとなくその教祖を彷彿とさせる。


梨奈は仮病でも使って、旅行に参加することをやめてしまおうかとも考えた。

けれども、やめればせっかくの美好の厚意を無にしてしまう。

彫光喜と一緒に行きたいとも思った。


「昼間はできるだけ光喜や大海と行動して、夜は私と一緒にいなさい。

いくら何でも、妻である私の目の前で、彫奈を手込めにするなんて恥知らずな真似はしないだろうから。

青龍は信用してはいけません。

あの人は昔から光廣のイエスマンだから」


多少は嫉妬心に裏打ちされた行動かもしれないが、恥を忍んで忠告してくれる、美好の心遣いに、梨奈はありがたく思った。


「それから光喜のこと、絶対ばれないようにしなさいよ。

もし光廣に知られたら、どんな仕打ちをされるかわかりませんからね。

罰金50万円だけではすみそうもないから。

しかるべき時が来たら、私が光廣に、あなたと光喜のことを取り持ってあげる」


奥さんは私と光喜さんのことを知っているんだ。

美好とはたまにしか会うことがないのに、梨奈と彫光喜の関係を見抜いていたことに、梨奈は驚いた。


彫光喜は彫甲のことを、「実際師匠は勘が鋭いというか、人の心を見抜く天才なんですよ。

本当に超能力者か霊能者ではないか、と思えるぐらいに」

と言った。

確かに彫甲は他人の心理を見抜くすべに長けている。


相撲では、短い仕切りの間に、相手の心理を読んで、どのように攻めるか作戦を立てることもある。

力士時代にそのような感覚を研ぎすませた彫甲は、他人の心を読む達人ともいえる。


けれども恋愛に関しては、奥さんのほうが、一枚上手のようだ。


「とにかく、今度の旅行には十分気をつけなさいよ。

旅行だけではなく、彫甲の道場にいるときも」


梨奈はうすうす気づいていたとはいえ、師匠のとんでもない一面を知り、これからは十分注意しなければ、と心を引き締めた。



榊原温泉への旅行の日が来た。

道場では作務衣姿の彫甲入れ墨道場のメンバーは、温泉旅行ということで、カジュアルな服装をしていた。

武甲山ではいつも和服姿の美好も、黄色のタンクトップにデニムのジャケット、パンツというスタイルだった。

今年40歳になる美好だが、和服を着ているときよりも、ずっと若やいで見える。


もう5月も下旬だというのに、腕の入れ墨が見えないよう、全員長袖だ。


昼食後、彫甲が運転するBMWには美好、梨奈が乗り、彫大海の三菱コルトには彫青龍、彫光喜と、二台に分かれて道場を出発した。

彫光喜と別々の配車になったことは残念だった。


昌枝、若菜ではなく、美好が来たことで、彫甲はやや機嫌を損ねていた。

本妻が来るのに、いくら厚顔な彫甲でも、さすがに愛人たちをつれてはいけない。

彫甲が自分の隙に乗じ、何とか梨奈をものにしようという気配が見え見えだったので、美好は気を引き締めた。

梨奈を守るためであり、もちろん自分のためでもある。


彫甲たちは上社インターチェンジから、東名阪自動車道(現 名古屋第二環状自動車道)に入った。

彫甲は猛然と愛車のBMWを飛ばした。

高速での走行性能に優れているBMWのクーペだが、その猛スピードに梨奈は不安を感じた。

いくら高速道路でも、そんなスピードを出していて捕まれば、一発免停だ。


力士をやっている間はクルマを運転できないので、彫甲は引退してから免許証を取得した。

それでももう20年近い運転歴がある。

現役時代は、スピードと瞬発力を売り物にしてきただけあって、彫甲の反射神経は抜群だった。

それでも時速140km以上のスピードですっ飛ばす彫甲の運転に、後部座席にいた梨奈は恐怖感を抱いた。

オービスがありそうなところではスピードを緩める。


梨奈は師匠が事故を起こさないか、気が気でなかった。

美好は夫の運転を信頼しているのか、それとももう慣れているのか、落ち着いていた。


彫甲はときどきたばこを吸うために、ハンドルから手を離す。

それも怖かった。

たばこを吸わない梨奈は、クルマの中でたばこを吸われることがいやだった。

それで少し窓を開けた。

高速で走っているので、窓を開けると騒音が大きかった。

彫光喜も喫煙をしない。


後続の彫大海が運転する白いコルトは、とてもついてこられず、とうに視界から消失していた。

大海のクルマにはカーナビがあるので、はぐれても心配はいらないが。


彫甲は久居で伊勢自動車道を降り、国道165号線を西に進んだ。

無事旅館“枕草子”に着き、梨奈はほっとした。

もう師匠が運転するクルマには乗りたくないと思った。

22歳の若い身空でまだ死にたくない。

しかし帰りも彫甲のBMWだろう。


枕草子はホテルというより、旅館という言い方がぴったりだった。


梨奈たちが旅館に着いて、30分以上遅れて他の三人がやってきた。


「遅かったな、おまえら。

あまりに遅いので、喫茶店でコーヒーを何杯も飲んでいたぞ」


「師匠のビーエムは速すぎますよ。

師匠の赤い稲妻には、俺の中古のコルトではとてもついていけないです」


彫大海は師匠に言い訳した。

彫甲は自分のBMWに“赤い稲妻”と名付けている。

赤いメタリック塗装だ。

派手好みな師匠らしい選択だと、梨奈は思っていた。


一行は枕草子にチェックインをした。

三階建ての、こぢんまりとした旅館だった。

榊原温泉は、派手なホテルが並ぶ温泉街ではない。


部屋は二部屋予約してあった。

仲居さんが三階の部屋に案内した。

仲居さんは「お食事は一階の大広間で、6時半からです。

お食事前に温泉をお楽しみください」

と勧めてくれた。


彫大海が予約するときに、その旅館は他の客に迷惑をかけなければ、入れ墨、タトゥーがあっても入浴はOKと了承をとってあった。

だから仲居さんは梨奈が帽子を脱いだとき、頭の入れ墨を見て、驚きはしたが、特に何も言わなかった。


彫大海はタトゥー可の温泉を、インターネットなどで探しては、メールや電話で確認した。

入れ墨のことで、師匠にいやな思いをさせられない。

入れ墨OKの温泉が見つからなければ、浴場を貸し切りにできる宿を探すつもりだったが、榊原温泉のこの枕草子が、来客が少ない平日なら、入れ墨があるお客様でもお受けします、と言ってくれた。


部屋は古そうな旅館の外見に反し、思ったよりきれいな和室だった。

全員が一つの部屋に集まった。

梨奈がお茶を淹れようとしたら、美好が「私が淹れますよ」

と梨奈を制した。


「そんな、奥様。

私がやりますから」


「いいから、彫奈は休んでいなさい」


部屋の座卓の上に、ポットと急須、そして緑茶の葉が入った缶が用意してあった。

お茶は地元産の伊勢茶だ。

美好は手際よく急須を使い、お茶を淹れた。

梨奈は部屋に置いてあった和菓子を配った。


しばらく休憩したあと、彫光喜が「ちょっとこの近くを歩いてきませんか? けっこうのどかそうで、いいと思いますよ」

と提案した。


「いいですね。

私も歩きたいです」

と梨奈が即座に応じた。


「師匠はどうですか? 青龍さん、大海さんも歩きませんか?」


「俺は一寝入りしてから、温泉に入る。

おまえら、行きたければ行ってこい」


彫甲は畳の上に横になって言った。


「俺もここにいて、もう少ししたら温泉に入る。

大海はどうだ?」


「そうですね。

運転で疲れたから、ちょっと休んでます。

光喜、彫奈、二人で行ってこいよ」


「それじゃあせっかくだから、私も歩いてこようかな」


思いがけなく、美好も同行を申し出た。


三人は榊原川に沿って歩いた。

梨奈はしゃれた帽子をかぶった。

プライベートではかつらを着けるが、道場関係の行事では、かつらをかぶらない。

彫甲は「おまえは彫り師なのだから、入れ墨を堂々と見せればよい」

と主張する。

万一師匠の前でかつらをかぶり、没収されでもしたらたまらない。


「榊原温泉は歓楽街などがない田舎だけど、のどかでいいわね」


美好が言った。

周囲は田畑と山だ。

どこにでもありそうな日本の田園風景だ。

その湯は清少納言の『枕草子』にも詠われ、七栗の湯といわれる古湯だ。

有馬温泉、玉造温泉とともに日本三名泉と称えられている。

美肌の湯として有名だ。


彫光喜は持参したデジタル一眼レフで写真を撮った。

梨奈がタトゥー専用のデジカメを買ったので、彫光喜も作品記録用に、キヤノンのEOS Kiss X2を中古で安く手に入れた。

高感度画質がよく、レンズに手ぶれ補正がついているので、作品を記録するのに重宝している。


歩いているうちに暑くなったので、美好はデニムのジャケットを脱いだ。

両腕の龍があらわになった。

胸や背中からも入れ墨が覗いている。


三人は射山神社を訪れた。

うっそうと繁る木立に囲まれた、静かな神社だった。

夏だったら、セミがうるさく鳴きそうだ。

温泉の神を祀るという。


「この神社にある大黒様の小槌に触れると、恋が叶うというから、あなたたち、触ってきたら?」


美好にこう言われて、彫光喜が驚いた。


「奥様、私たちのこと、ご存じなのよ。

大丈夫、奥様は私たちの味方なの」


「光喜には話しておこうと思うけど、今日私が来たのには、意味があってね。

ここなら旦那や青龍の耳がないだろうから」


三人はもう一度、周りをよく見回した。

彫青龍などがいないことを確認した上で、美好は以前武甲山で梨奈に話したことを、彫光喜にも説明した。


話を聞いて、彫光喜は唖然とした。


「そうなんですか? 師匠がそんなことを」


「だから、光喜にも気をつけてもらいたいの。

あの人は、恥ずかしいことだけど、女には手が早いから。

これまで彫奈が無事だったのは、本当に奇跡みたいなものだわ。

彫奈はあの人の好みのタイプだからね」


彫甲は今夜、眠るときには美好と梨奈を同室させるだろう。

まさか正妻がいるところで梨奈を犯すことはしないだろうが、注意だけはしなければならない。


美好としては、酒好きな彫甲に、寝る前に酒をたくさん飲ませて酔いつぶし、朝まで目が覚めないようにするつもりだ。

夫の酒の量は知っている。

現役力士だったころに比べ、ずいぶん弱くなっている。


酒に睡眠薬を混ぜて飲ませることも考えたが、さすがに夫にはそこまでしたくない。


梨奈と彫光喜は、大黒様の“恋こ槌”に触れ、恋の成就を祈念してから旅館に戻った。



旅館に戻ったら、もう夕方だ。

日が長くなったので、5時過ぎといっても、まだ明るい。

梨奈は食事の前に温泉に入ろうと美好に誘われた。


一足先に彫甲たち三人が入浴したとき、さすがに他の入浴客がびっくりしたそうだ。

そのときは彫大海が、他の客に「決して皆さんには迷惑をかけませんから」

と丁重に詫びて、大きな問題にはならなかった。

けれども彫甲としては、彫大海のそんな卑屈な態度が、大いに不満だった。


梨奈は初めて美好の全身の入れ墨を見た。

背中は阿弥陀如来、両の胸から腕は龍と桜、腹部は鳳凰と牡丹、脚には鯉や蛇、牡丹などが入っている。

太股の鯉と牡丹は、修業時代に、自分で練習のために彫ったという。

どんぶり彫りといって、背中も胸、腹も、手首足首まで真っ黒に染めてある。

胸の部分の見切りがとんぶりのような形をしているので、“どんぶり”という。

全身、見事な和彫りだった。

さすがに彫り師の女房だと梨奈は感心した。


手の甲や首には入っていないものの、全身が黒く染められているので、ジュン以上のボリューム感があった。


美好に比べれば、私はまだ白い部分がたくさん残っていると思った。

梨奈は美好の背中を流した。

間近で美好の背中を見て、師匠の師匠に当たる彫筑さんはすごい人だな、と感銘した。

自分など、まだまだ遠く及ばない。

さすがに九州一といわれる名人だ。


「私は洗髪だけは簡単に済みますから」


梨奈は丸坊主の頭を自虐ネタにした。


美好は梨奈のボディーピアスに関心を示した。

特に性器へのピアスには驚いた。


「彫奈、そんなところにピアスをしてたの。

そこはタトゥーより痛かったんじゃない? 光喜もびっくりしてたでしょう」


彫光喜とはすでに男女の仲になっていることに気付いている美好が梨奈に尋ねた。


「はい。

光喜さん、初めてのときに、ちょっと驚いていました」


梨奈は恥ずかしそうに応えた。


途中で50代と思われる女性が二人入ってきた。

最初は美好たちの入れ墨におっかなびっくりだったが、おおらかな美好に気を許し、入れ墨、タトゥーについて、いろいろと質問をした。


温泉はなかなかきれいで、気持ちがよかった。

旅館が古いわりには、浴場は立派だった。

梨奈は“美肌の湯”を堪能した。



入浴後、食事になった。

浴衣に着替えたので、みんな入れ墨が目についた。

腕や胸、脚などに黒いものがちらちらする集団は異様だった。

梨奈は頭にバンダナを巻いていた。

平日で客が少なかったので、彫甲入れ墨道場の一行には、他の客からやや離れたところに膳が用意された。


最初に一同はビールで乾杯した。

伊勢湾で獲れた伊勢エビやサザエ、アワビといった、海の幸を中心に、山菜、ステーキなど、ボリュームは十分だった。

梨奈は新鮮な刺身などに舌鼓をうった。

榊原温泉は三重県の内陸部にあるが、枕草子は志摩半島などから新鮮な海産物を仕入れている。


美好は彫甲に酒をどんどん勧めた。

計画どおり、彫甲を酔いつぶすつもりだ。

名付けて“八岐大蛇作戦”だ。

素戔嗚尊が酒に酔わせて八岐大蛇を退治した、という伝説に基づいての命名だ。

酒好きな彫甲は美好が差し出す酌を、何の疑いもなく受けた。

梨奈も時々日本酒を杯に注いだ。

彫甲は美好より、梨奈の酌を喜んだ。


食事が終わり、部屋に戻るころには、彫甲はかなり酔っていた。


部屋に戻ってから、しばらくテレビを見ながら、彫甲は美好や梨奈の酌で飲み直した。

彫甲の顔は真っ赤になっていた。


「師匠、そんなに飲んで、大丈夫ですか?」


梨奈もさすがに心配になり、彫甲に声をかけた。


「ああ、大丈夫だ。

今夜の酒はうまい。

梨奈君の酌は、初めてうちに来た日に、武甲山で受けて以来だな」


彫甲は酔ってややもつれた舌で、珍しく「梨奈君」

と言った。


「大丈夫。

この人、けっこうお酒に強いから。

旅行に来たときぐらいは、本人の気が済むまで飲ませてあげましょう」


美好は梨奈だけにわかるように、目配せをした。


彫甲はやがて大いびきをかいた。

眠っている彫甲の巨体を、みんなで布団に移した。

彫甲としては、女性のための部屋で寝るつもりだったのだろうが、彫青龍たちと同じ部屋の布団に寝かせた。

美好はこれで夫は朝までぐっすり眠るだろう、と満面の笑みだった。

梨奈と彫光喜は美好の“八岐大蛇作戦”を知らされていた。


彫甲が眠ったあと、みんなはまた温泉に浸かってこよう、と浴場に向かった。



夜中、美好と梨奈が寝ている部屋の扉がどんどんと叩かれた。

二人はその音で目を覚ました。

まさか彫甲が夜中に目を覚まし、女性たちの部屋に入るために扉を叩いているのでは? 扉には内側から施錠をしてある。


美好は放っておこうと思った。

けれどもあまりにしつこく扉を叩くので、これでは他の部屋の宿泊客に迷惑がかかると思い、「どなた?」

と尋ねた。


「俺だ」


やはり彫甲だ。

美好はやむなく扉を開けた。


彫甲は梨奈たちの部屋に入るなり、梨奈に襲いかかった。

梨奈は間一髪、彫甲の突進をよけた。

美好はまさか夫がそんな行動に出るとは思っていなかったので、うろたえた。

夫を酔わせたのはかえってまずかったのかもしれない。

アルコールですっかり理性が麻痺してしまったようだ。


彫甲は逃げ惑う梨奈をつかまえ、転倒させた。

そして梨奈に覆い被さった。

彫甲は酒臭かった。


「師匠、何するのです? やめてください」


梨奈は彫甲に押さえ込まれながら、叫んだ。

彫甲の巨体は、いくら梨奈がもがいても、びくともしなかった。

引退してからかなり体重を落としたとはいえ、まだ100キロ近い。


「あなた、やめてください。

いくら何でも、妻の私の目の前で。

許しませんよ」


美好は彫甲の両肩をつかんで、梨奈から引き離そうとした。

しかし、美好の力ではどうにもならなかった。


「師匠、お願い、やめて!! やめてください」


浴衣を無理やり脱がそうとする彫甲に、梨奈は叫んだ。


そのとき、彫甲の頭に水が勢いよく浴びせられた。

そのあおりで、梨奈も少し濡れた。


彫光喜だった。

騒ぎを聞きつけた彫光喜が、コップの水を彫甲にかけたのだった。


冷たい水をかけられ、彫甲もさすがに正気に戻った。

そして彫光喜をにらんだ。


「すみません、師匠に水をぶっかけてしまって。

俺、どんな罰でも受けます。

だからここは冷静になってください」


「光喜、きさま、弟子の分際で師匠に水をかけるとは、いい度胸してるじゃないか」


酔った彫甲は拳を振り上げ、彫光喜に殴りかかろうとした。


そこに美好が飛び込んだ。

彫甲は美好を認めて、拳を止めようとしたが、勢いづいて間に合わなかった。

彫甲の拳は美好の顔面に炸裂した。

美好はもんどり打って倒れた。


「奥さん!!」

「大丈夫ですか?」


彫光喜と梨奈が美好のところに駆け寄った。

美好は鼻と口から血を流していた。

彫甲は殴る直前、力を抜いていたので、思ったほどひどいダメージはなかった。

酔った彫甲も、さすがに妻を殴ってしまったことには申し訳なく思った。


「あなた。

私は今まであなたがすることには、黙っていました。

あなたが手をつけ、入れ墨まで彫ってしまった昌枝と若菜のことも、あなたがおっしゃるまま、うちのお店で雇い、面倒をみました。

まあ、あの二人はとてもよくやってくれるので、私としても助かっていますが」


美好は右手の甲で口と鼻の血を拭って言った。


 「でも、私の目の前で自分の弟子に手をつけることだけはしないでください。

そして目の前で恋人を犯される光喜の気持ちも察してやってください」


 美好は土下座をして彫甲に頼んだ。


 「おい、美好、今何と言った? 彫奈が光喜の恋人だと?」


 美好はとうとう彫甲の前で話してしまった。

梨奈と彫光喜は、たとえどうなろうとも、美好を信じようと思った。


 「私からもお願いします。

二人の仲を認めてあげてください。

私の前で、そして光喜の前で彫奈を辱めることだけはやめてください。

私の目の前で、愛する二人を引き裂くようなむごい仕打ちはやめてください。

私の一生のお願いです。


 あなたにそのような行為に走らせた責任の一端は、武甲山の経営に忙しくて、妻としての責務を十分果たせなかった私にもあります。

私も反省いたします。

だから、どうかあなたもここは思いとどまってください」


 美好は畳に額をこすりつけて頼んだ。

そんな美好の姿に、梨奈も彫光喜も胸を打たれた。

いつの間にか、二人の後ろに彫大海も立っていた。


 彫甲はすっかり酔いが覚めた。


 確かに俺はやりたい放題をして、本妻である美好には多大な迷惑をかけてきた。

そんな俺は、とうに三行半を突きつけられて当然だろう。

それなのに美好はよく耐えて、俺に尽くしてくれる。

もちろん小学生の息子と娘がいるので、おいそれと離婚するというわけにはいかないだろう。


そう思うと、彫甲の怒りは速やかにしぼんでいった。

そして美好がいとおしくなった。

美好は俺には過ぎた、すばらしい女房だ。

美好に逃げられるわけにはいかない。


 「わかった。

俺もわるかった。

おまえの言うとおりにする。

これから俺も少しは改めて、おまえにふさわしい夫になる。

光喜と彫奈の件も了承した。

罰金50万なんて野暮なことは言わん」


 彫甲は恥ずかしさのあまり、消え入りそうな声で言った。


 「ありがとうございます、あなた。

それでこそ私の夫です」


 美好は彫甲に抱きついた。



 翌朝、宿をチェックアウトする前に、みんなは温泉を楽しんだ。

旅館の人にはあまりいい顔をされなかったとはいえ、入れ墨、タトゥーの人はお断り、といわれなかったことはよかった。


 美好は殴られた顔が少し腫れていたが、大事には至らなかった。

本来なら、夫婦間の危機に陥るような出来事だったろう。

美好はよくできた女房だった。


 梨奈と彫光喜は、本当にすばらしい女性だと、美好に感謝した。

師匠より美好にずっとついていきたいと思った。


 彫甲は美好との約束を守り、梨奈と彫光喜の仲を正式に認めてくれた。


 「そうか。

光喜と彫奈はそういう仲だったんか。

実をいうと俺も彫奈に惚れていたんだ。

失恋だよ。

でも俺なんかより、やっぱり光喜のほうが彫奈にふさわしいよな。

二人を祝福するよ。

俺たちはこれからもずっと仲間だからな」


 「ありがとうございます、大海さん」


 梨奈と彫光喜は、彫大海に礼を言った。

独り彫青龍のみが苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


 「大黒様の“恋こ槌”の霊験があったわね」


 美好は梨奈と彫光喜にそっとささやいた。


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Posted at 2013年07月16日 20時10分