TATTOO COLUMN
中国の北宋時代の詩人、蘇軾の言葉である。 言うまでもなく、上に立つ者が優れていれば、その下につく者も優れているという事を表している。 しかしながら、この冒頭の言葉のように両者が優れた技術を持っていたとしても、師弟が師弟としてお互いの尊厳を認め合うという事はそれ程容易なことでもない。
"敬して遠ざける"との言葉があるように、敬いこそすれ、人間関係の不和や面倒からお互いを遠ざけてしまうケースもある。俗に言う"敬遠"がこれにあたる。
ではこの師弟関係の完成形とは一体何になるのだろうか。
大袈裟に聞こえるかも知れないが、今日そのひとつの答えを目にすることができたのかも知れない。
初代彫俊と初代彫みつ。
今回は我々が見つけた答え、この師弟関係をフューチャーしたい。
初代彫みつ。ご高齢となってなお、伝統和彫りを世界に発信し続けている初代彫俊氏に師事する同一門のホープである。
今回、彫みつ氏のスタジオ、HoneyTATTOOにお邪魔しに、池袋に来ている。古 くは袋型の丸池がぽつんと一つあるだけの質素な農村地帯であったというこの地域も、今や一日の駅乗降車数が300万人。新宿渋谷と並ぶ、山の手三 大副都心の一つである。
この地域の発展を、関東彫り初代彫俊一門の躍進と重ねるのは少々強引かも知れないが、同一門は刺青業界に確固たる存在感を放っている。
彫みつ氏は、総手彫の同一門の中でも異色の経歴の持ち主である。


1967年に板橋に生まれた氏は、入門前よりマシンによるタトゥーイングを行っていた独学の彫師だった。
その後、彫俊一門に入門して修行を開始するのだが、入門前からマシンで刺青を生業としていたことか ら、マシンのみ限定で、彫俊氏のビルの一階にHoneyTATTOOのオープンを許可されたのを機に、正式に”初代彫みつ”の看板を掲げることになる。




しかしその後、手彫りとマシン、