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世界のトライバルタトゥーの歴史と紹介④

ポリネシアの中で唯一トライバルタトゥーの伝統を今日まで絶やすことなく守り抜いて来たのがサモアだ。

イノシシの骨を削って針にし、男性用のタトゥーデザインは『ペア』と呼ばれ、線紋様が帯状に折り重なるようなパターンが独特の雰囲気を醸し出している。

ポリネシア地域におけるトライバルタトゥーカルチャーは、すべてそのルーツをサモアとトンガに持っている。古代サモアではタトゥーは宗教儀式と戦争に深く関わるものとして社会的に重要な位置にあり、それを施術する者は世襲によって定められた特権的な一族に限られていた。


現在もその伝統を連綿と受け継ぎ続けているのがスルアペ家の人々だ。

伝統的なサモア戦士のトライバルタトゥーはペア(pe`a)と言い、ウエストから膝下までをカバーするスパッツ型の形に定められたもので、女性の場合は手と脚に花のような幾何学デザインを彫るのが伝統的だ。

現在は動物の骨を加工して施術の針としているようだが、本来もっともそれに望ましいのは儀礼的重要性から人間の骨だとされており、それを鍬のような器具に取り付け、木槌でリズミカルに叩いて使用しる。

タトゥーの語源であるポリネシア語のタタウはこの叩きの動作のことを指してる。

まさにポリネシアトライバルタトゥーの祖として、そしてタトゥーの祖としてサモアは位置づけられているということだ。

  • Posted:2011年02月18日 16時49分 / Edited:2011年03月29日 13時41分
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世界のトライバルタトゥーの歴史と紹介③

タトゥーという言葉の語源はタヒチ語の『タタウ』から来ています。

トライバルタトゥーのデザインはマケージャスタイルだとも言えるが、曲線がせめぎあうような形に変化を遂げ、黒の面積が小さくなり、線がより複雑な構成になるなど、伝統的なマケージャスタイルとはだいぶ違った印象の、独自のタヒチスタイルです。

植民地化されトライバルタトゥーを失った他の島々と同様、タヒチにもまた一度は失われてしまった彼等のタタウとそれを取り巻く精神世界があったそうです。

タヒチでは聖なる力『マナ』を備え持った人は、そのような力を持たない人々にとっては影響力の刺激が強すぎて危険な存在とされ、『タプ』と呼ばれ、人々と接触できないように隔離する習わしがるそです。

たとえば権力をもった部族の長や、新生児、生理中の女性などがそれにあたります。

それらの『タプ』は完全に隔離して近寄らなければ問題はないのだが、実生活ではニアミスを避けられないこともままあるため、防護服のようにしてタパという布を使用していたそうです。

『タプ』のマナを封じ込めるため、そして己の身を守るために。そしてタタウにもタパと同じように、マナを持つ者の身体からそれの流れ出るのを防ぎ、タプでない者にとってはマナから身を守るバリアーとして機能する性質があるとされていたそうです。

他の人と触れ合っても安全な状態になるということ、すなわち社会的人間になることに、彼等のトライバルタトゥーであるタタウはこのような形をとって関わっていたみたいです。

成人儀礼とタトゥーの関連は世界的に多く見られますが、タヒチのこの風習もその中の一つです。

現在タヒチで盛り上がっているトライバルタトゥーは彼等の伝統とはデザインが異なります。

彼等はもともとまわりのマルケサスやマオリ、サモアほどに華やかな個性のデザインの伝統は持っていなかったからだそうです。

しかしそれこそが様々なスタイルを取り入れて進化していくタヒチタトゥーの面白さを支えているアドバンテージでもあるみたいです。

  • Posted:2011年02月18日 16時48分 / Edited:2011年03月29日 14時11分
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世界のトライバルタトゥーの歴史と紹介②

マルケサス諸島のトライバルタトゥーのデザインはマケージャスタイルと呼ばれ、部族ごとに決められたモチーフを持つ総身彫りだが、黒の面積が大きい直線的なパターンが特徴的です。

サモア、トンガから始まりポリネシア全域へと広がって行き数千年にもわたって進化を続けていったトライバルタトゥーの文化は西暦200年頃にマルケサス諸島に至り大航海時代後のヨーロッパ人による入植にともなう終焉までの1000年以上の期間にさらなる発展を独自に遂げ、ポリネシア芸術としてその輝かしい一つの頂点といえる隆盛期を迎えたと言えると思います。
ほとんどの者が全身を覆うというところまで進んだタトゥーの面積が物語る文化としての大きさ、あらゆる制約から自由になったかのような豊富かつ複雑なトライバルデザインのバリエーション、そしてそれらの表現をすべて可能にした精巧な技術の熟成。



これほどまでの文化にもかかわらず、多くの研究者が資料を残せるぐらいの時代までキリスト教宣教師の布教活動に抗いながらも細々とタトゥーが存在していた他の島々と比べて、非常にあっさりと途絶えたような印象があるのですが、そのことをマケージャトライバルデザインの、日常生活に関わるありとあらゆる物をデザイン化してしまうような奔放さと合わせて考えると、当時のマルケサスの人々にとってのタトゥーとは因習的な重い要素からはすでに解き放たれ、最もカッコいいファッションというぐらいの領域にまで一般化していたがために、流行したものほど跡形もなく消えてしまうというポップカルチャーのように、西洋文化という新しいファッションにいとも簡単に取って替わられたという側面があったのではないだろうかなどと感じます。

引用著書:「traibal tattoo designs from the americas 」出版:mundurucu publishers
著書:「traibal tattoo design」出版:the pepin press
著書: 吉岡郁夫「いれずみ(文身)の人類学」出版:雄山閣

  • Posted:2011年02月18日 16時47分 / Edited:2011年03月29日 14時21分
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