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刺青師牡丹-第15話 失踪

第15話 失踪 ▼
前回までのあらすじ----------
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年末年始は予定通り、梨奈は伸吾と実家で過ごした。

一時は梨奈が彫り師となり、全身にいれずみを彫っていたことに激怒した父親の誠だが、今は娘のいれずみを受け入れていた。

将来の婿である伸吾と、和気藹々と酒を飲んだ。

梨奈は一人娘であり、結婚した場合、伸吾が速水家に入籍することが両家の間で了承されていた。

小野田家は伸吾の兄が継ぐ。

梨奈は誠に付き合い、日本酒で酌をした。

最近梨奈もけっこうアルコールがいけるようになった。

娘や将来の婿と酒を酌み交わしながら新年を迎えることができ、誠は満足だった。

母親の静子は手作りのおせち料理で伸吾をもてなした。

彫り師という仕事は気にならないでもないが、誠は伸吾の誠実な人柄を気に入っていた。

全身にいれずみを彫ってしまった梨奈にとって、伸吾は最高の婿だろう、と誠は考えていた。

遠くからかすかに除夜の鐘の響きが聞こえた。

新年を迎えたとき、静子が少しでも梨奈の苦労を分かち合いたいと、自分の太股にタトゥーを彫ることを申し出た。

その申し出に、誠も梨奈もびっくりした。

しかし静子の決意は固かった。

ずっと以前から考えていたようだった。

最初は妻がタトゥーを入れることに反対していた誠だが、結局彫ることを了承した。

娘とタトゥーの痛みを共有してやりたい、という妻の気持ちを理解したからだった。

誠自身は会社勤めがあるので、タトゥーを彫ることはできない。

万一タトゥーを入れ、会社でリストラ対象にでもされたら大変なことになる。

定年まであと7年、家族を経済的に支えるためにも、何とか無事勤め上げたい。

今は梨奈に酒が入っているし、マシンなどの機材は密柑山のマンションに置いてあるので、彫ることはできない。

明日の朝、自宅にマシンなどを取りに行き、それから施術することになった。



翌朝、雑煮とおせち料理で遅い朝食を済ませてから、梨奈は誠のカローラを借りて、密柑山の自宅にマシンやインクなどの機材を取りに行った。

その間、伸吾は両親と話をしていた。

元日で道はすいており、梨奈はスムーズに往復できた。

戻って一休みしてから、梨奈は静子と図柄について相談した。
 
静子はきれいな花を彫ってみたいというので、梨奈が最も描き込んで、得意としている牡丹の花を彫ることになった。

赤と紫の花を斜めに配置する。

梨奈はフリーハンドで母親の左の太股に下絵を描いた。

梨奈が得意なファインラインだ。

そして久しぶりにドイツ製のデジタルマシンを取り出した。

ニードルのカートリッジは滅菌済みなので、改めてオートクレーブにかける必要はない。

梨奈の自室で施術するのは、バイクギャングのメンバーから紹介された人たちに、安く彫っていたころ以来のことで、懐かしい。

「さすがにドイツ製だけあって、デジタルマシンはデザインが洗練されてるね。

実際に彫るところを見るのは、初めてだ」

伸吾がデジタルマシンに興味を抱いた。

初めて彫甲入れ墨道場に行った日に、梨奈は伸吾から、珍しいマシンは彫青龍に没収されてしまうから、道場には持ってこないように言われたので、道場での施術ではデジタルマシンを使用したことがなかった。

「いつも使っているマグネットマシンより、ずっと扱いやすいし、傷の回復も早いのよ。

ただ、背中一面のような大きな図柄を彫るには、マグネットマシンのほうが適しているかもしれないけど」

静子はラッピングされた梨奈のベッドのマットレスに仰向けになった。

「お母さん、本当にいいの? 一度彫っちゃったら、もう二度と消せないのよ」

梨奈は最後にもう一度念を押した。

「梨奈と同じ身体になれるのだから、ためらうことないわ。

やってちょうだい」

梨奈は静子に最初の針を下ろした。

50歳を目の前にした静子だが、肌は張りがあり、若々しかった。

自分の母親の肌に彫るので、最初は少し緊張した。

初めての針を受け、静子は思わず目を閉じた。

初めてタトゥーの施術を見る誠も、心配げに妻の表情を窺った。

「梨奈、こんな痛いことを全身にしてたの? 辛かったでしょう」

静子はそう言って涙を流した。

しかし彫っている間に痛みに少し慣れたようだった。

梨奈は慎重に母親の肌にラインを引いた。

デジタルマシンの音は、マグネットマシンの騒音に比べれば、いくぶん小さい。

ラインが完成し、しばらく休憩した。

静子は自分の太股に浮かび上がった牡丹のラインを、まじまじと見つめていた。

「この絵は決して消えることはないのだ……」

休憩の間に、梨奈は色づけに使う予定のインクを準備した。

施術を再開した。

最初に牡丹の葉に緑色を入れる。

葉の緑は、赤や紫から見て、補色に近い関係にあるので、色の対比が鮮やかだ。

色づけは筋彫りより多少痛みが少なく、彫っている間、静子は軽く目を閉じていた。

「お母さん、完成よ」

手のひら程度の大きさの鮮やかな牡丹が2輪、3時間ほどで完成した。

葉を含めればかなり大きく、見栄えがする。

「とてもきれい。

私も50歳を目前にしていれずみを彫ることになるなんて、少し前までは思ってもみなかったわ。

でもこれで一分なりとも、梨奈の痛みを分かち合ってあげることができるのね」

静子はそう言って涙を流した。

そんな母の愛情が胸にじんときて、梨奈も泣けてしまった。

後に静子はタトゥーの魅力にとりつかれ、梨奈に背中一面に生まれ年の守護仏、虚空蔵菩薩を彫ってもらうことになる。

右手に智剣、左手に虚空増菩薩の梵字が描かれた宝珠を持ち、蓮華座の上で結跏趺坐を組む図柄だ。

右の太股にも黄色と青の、色違いの牡丹を入れた。

「私も大きくいれずみしちゃったから、梨奈はうちに来たとき、何ら引け目を感じることないのよ。

夏でも暑いのを我慢して長袖着なくても、堂々といれずみを出していなさい。

梨奈はそれが仕事なんだから」

静子は梨奈を気遣った。

そんな妻に、「50の年になって、いれずみ狂いとは」

と誠は苦笑した。

それでも娘も全身に彫っているのだから、誠は妻のタトゥーを受け入れた。

退職後は夫婦であちこち旅行をしようと考えていたのに、温泉旅行に行きづらくなることが気がかりではあった。

「俺も定年退職したら、伸吾君に背中に龍か不動明王でも彫ってもらおうかな。

退職後なら、もう失うものもないし」

誠もそう考えるまでになった。



梨奈と伸吾はもう一泊して、翌日は中川区荒子の伸吾の家に行った。

梨奈は初めて伸吾の兄夫婦に会って、挨拶をした。

兄夫婦は横浜市に住んでおり、年末年始に母のもとに帰省していた。

帰省といっても、兄は横浜生まれの名古屋育ちだ。

兄も気さくな人で、全身にいれずみがある梨奈を快く受け入れてくれた。

3日はバイクギャングのメンバーと伊勢神宮に初詣に行った。

日本で最も権威がある神社だ。

元日ほどではないとはいえ、内宮は参拝者であふれていた。

達義に続き、6月に富夫と淑乃が結婚する予定だ。

幸せをしっかり神様に祈っておかなければ、とみんなは真剣に参拝した。

沙織は少し下腹が目立ってきた。

つわりで苦しんだ時期もあったが、沙織は母になる喜びを満喫している。

「最近沙織は胎教にいいからと、うちではロックじゃなくて、モーツァルトとかバロックばかり聴いているんだよ」

ロックバンドのリーダーとしては少々情けない、と言いながらも、まもなくオヤジになる達義の顔は幸せそうだ。

沙織は勤めていたクラブ“由香利”を退職した。

飲酒が胎児に悪影響を与えるといけないからだ。

クラブに勤めていて、全く酒を飲まずにいるわけにはいかない。

最初の予定では、結婚してもしばらくは勤めるつもりだったが、子供ができてしまったので、辞めざるを得なかった。

政夫と七海、康志と直美、伸吾と梨奈も、達義と沙織にあやかろう、と声を掛け合った。

梨奈が、母が梨奈の苦労を分かち合いたいと言って、元日に牡丹の花を彫ったという話をすると、みんなが感動した。



彫甲入れ墨道場は新年5日から営業だ。

この日は道場を夜6時に閉め、彫青龍、彫大海も招いて、すき焼き鍋を囲んだ。

その場で彫甲は彫青龍に“二代目彫甲”を襲名した。

名前自体は彫青龍を継続するが、肩書きとして二代目彫甲を名乗ることを許す、というものだった。

突然の襲名に、彫青龍も驚いていた。

そしてにっこり微笑んだ。

「青龍さんの笑顔は珍しいですね。

いい笑顔ですよ」

彫青龍は弟弟子たちに冷やかされた。

「ほかの者も頑張れば、彫甲を名乗ることを許す。

大海は三代目、光喜は四代目、彫奈は五代目だ。

光洋もこれからの精進次第では、六代目をやるぞ」

彫甲は弟子たちを鼓舞した。

年の初めに真理子が梨奈に挨拶に来た。

今年は職場の健康診断が終わったら、腕や胸にもタトゥーを増やしたいと梨奈に申し出た。

背中に天女を彫ってしまった彼女は、今後全身に進むだろう。

しかし真理子は梨奈と十分話し合った上で、納得ずくで彫っているのだった。

もし衣服で隠せない場所に彫りたいと希望すれば、梨奈は施術を受けるつもりだ。

真理子はタトゥーアーティストになることも視野に入れている。

アーティスト名は“魔梨愛(マリア)”にしたいと考えている。

相反する“魔”と“愛”を名前に入れたいという。

“梨”は梨奈の梨だ。



年内に仕上げるつもりだった美琴の文殊菩薩は、年末に美琴に都合ができ、道場に来られないことがあったので、完成が年越しになった。

それでも年の初めに完成することができた。

彫甲の文殊菩薩は神々しいほどに見事なものだった。

白く美しい女性の肌に浮かび上がった絵なので、なおさらだ。

彫甲は出来映えに満足した。

しかし作品に満足してしまえば進歩が止まってしまうので、次はさらなる上を目指すという気概を、いつも持っていなければならない。

「俺はこれでもう上がるので、あとは頼んだぞ」

彫甲はこう言い残して、美琴と一緒に道場を出ていった。

「また師匠、美琴さんと一緒に出ていっちゃったわ。

今日で完成だから、二人でお祝いでもする気かしら」

「師匠と美琴さんの仲、明らかに怪しいな。

あんないい奥様がいるのに、新年早々おかしなことにならなければいいけど」

梨奈と彫光喜は彫甲と美好のことが心配になった。

まあ、彫甲の女好きは今に始まったことではないが。

心配といえば、もう半年近く前に彫浪から依頼された件がある。

衛生管理については、「オートクレーブをかけなくちゃまずいですよ」

と梨奈が意見してから、彫甲と彫青龍は事前にチューブなどをオートクレーブで滅菌するようになった。

針はあらかじめ滅菌パックに入れ、オートクレーブにかけたものを渡すようにした。

このときはあまりうるさくいわなかったのがよかったのでは、とあとになって思った。

もしオートクレーブを使わなければいけないとしつこく諫めれば、師匠の面目丸つぶれで、「これまで塩素殺菌で問題はなかった」

などと言い張り、意地になって使わなかったかもしれない。

しかしちょっとした進言を受けたために、20分程度のオートクレーブによる滅菌で安心が得られるのなら、施術前に滅菌しておこうか、ということになったのだろう。

そのへん、師匠は頭の切り替えが早い。

他の彫り師、アーティストをこき下ろすことは相変わらずだった。

それでも最近はあまり客の前では言っていないようだ。

内輪で言う分なら、私たちが我慢すればいいことであり、そのことを外部に漏らすことはしない。

客に言わなくなったことはよい兆候だろう、と梨奈は考えた。

また、強引に客に彫らせるということについては、口がうまい彫甲はやはりその気にさせてしまうところがあり、やりとりを聞いていて梨奈がはらはらすることもある。

梨奈や彫光喜はまず相手の状況などを一緒に考えて、あまり大きなものや、目につきやすいところに彫った場合、家庭や仕事などに支障がないかをアドバイスする。

その結果、「彫るのはもう少し考えます」

と、客が彫らずに帰ってしまうこともある。

彫青龍が春日井道場に移って以来、そのことについて横やりを入れられることはなくなった。

彫甲もあまりうるさくは言わない。

彫浪から相談を受けたときに比べ、少しではあるが、状況は好転しているといえる。

何か気になることがあれば、美好が直接彫筑に相談するということになり、そのことは美好が彫浪に伝えた。

それで一応梨奈はお役御免となった。

彫浪は時々武甲山に食べに来て、美好から様子を聞いているようだ。

今最も気がかりなことは、美琴のことだ。

どういう素性の女性か、梨奈は聞いていない。

見たところおっとりとした美人だ。

美好は、梨奈のようなやや気が強い女性も彫甲の好みだというが、どちらかといえば、美琴のようなおっとりとした、従順な女性のほうがより彫甲の食指が動くだろう。

美琴の年齢は35歳。

40代前半の彫甲には、梨奈のような若い女性よりも話が合いそうだ。

美好から聞くところによると、今でも彫甲は昌枝、若菜と愛人としての付き合いが続いているという。

二人は彫甲と会うときには、正直に美好に打ち明けている。

美好から、彫甲のことでは隠しごとをしないよう言い含められている。

昌枝の背中には玉取姫と龍、若菜には花魁と牡丹の図柄が入っている。

二人の背中を見せてもらった梨奈は、さすがに師匠の力作は素晴らしいと感動したのだった。

この上美琴と新たな愛人関係が生じれば、妻として美好の心中は穏やかではないだろう。

美琴の背中にも大きく文殊菩薩の入れ墨を彫ってしまったのだ。

ここまでさせるということは、並大抵の関係ではあり得ない。

梨奈は彫甲の家庭崩壊が心配だった。

そんな梨奈たちの心配をよそに、彫甲は美琴との交際を続けているようだ。



道場が休みの日、彫甲は今池に近いホテルで、美琴と数時間を過ごした。

美琴は夕方から小さな料理店を開くので、昼間に会っている。

美琴の料理店は今池の近くだ。

ホテルを出て、どこかでめしでも食おう、と話していたとき、三人組の暴漢に絡まれた。

「おい、あんた。

ちょっと待ちな」

「何だ、おまえらは?」

「てめえには用がない。

俺たちはそのご婦人に用があるんだ」

三人は美琴がお目当てのようだった。

美琴はおびえて彫甲の後ろに隠れた。

「光廣さん、助けて」

「おまえら、美琴をどうしようっていうんだ」

彫甲は三人に尋ねた。

相手はかなり腕が立ちそうな連中だった。

しかし元力士の彫甲にとって、怖い相手ではなかった。

引退してから20年以上が経っているとはいえ、福岡では暴力団の用心棒として訓練を欠かさなかった。

彫り師になってからは格闘技から離れたが、チンピラの二人や三人、ものの数ではない。

相撲はK-1などの異種格闘技戦では苦戦を強いられ、弱いように思われる。

しかしそれは慣れないルールに縛られているからであり、もしガチンコの真剣勝負を行えば、相撲は最強クラスの格闘技といえる。

彫甲も用心棒時代には、自称元プロボクサーや空手、柔道などの猛者と戦い、タイマンでは無敗の戦歴を誇っている。

十両入り目前まで行き、将来三役さえ嘱望された武甲山こと彫甲は、チンピラ相手に負ける気がしない。

「てめえには用がないと言っとるだろう。

怪我しないうちにとっとと消えな」

暴漢は美琴につかみかかろうとした。

そのとき、彫甲の張り手が暴漢の一人に炸裂した。

暴漢は吹っ飛んだ。

「てめえ、やりやがったな」

仲間がやられて激高した二人の暴漢が一斉に彫甲に襲いかかった。

彫甲は相撲の突きを応用した掌底突き二発であっさり暴漢を倒した。

いかにけんか慣れしたチンピラも、彫甲には全く歯が立たなかった。

彫甲は相手がナイフなどの凶器を取り出す前に倒しておきたかった。

ナイフを振りかざされては、彫甲も手加減する余裕がなくなる。

元プロの力士が手加減なしで戦えば、相手はただではすまない。

「美琴、面倒にならないうちに早いとこ立ち去ろう」

「大丈夫ですか?」

「ああ。

あいつらには手加減しておいたので、たいした怪我はしていない」

気分直しに美琴と何かうまいものでも食おう、と彫甲は予定を変更し、タクシーを拾って栄に向かった。

彫甲は暴漢たちが美琴に目をつけ、強姦をしようとしていたと、軽く考えていた。

しかしこのことが、後日大きな問題につながるとは思ってもみなかった。

これまで怖いもの知らずできた彫甲を、震撼させる事態となる。



翌日の昼食のとき、彫甲は昨日の戦果を得意げに梨奈たちに吹聴した。

「師匠、すごーい。

さすが元お相撲さん」

洋子は彫甲の自慢話に喜んでいたが、梨奈と彫光喜は一抹の不安を感じた。

「師匠、大丈夫ですか? 師匠はこの業界では有名だから、たぶん相手に知られていますよ。

報復など、来ないでしょうか?」

「気にするな、彫奈。

来たらまたぶっ飛ばしてやる」

「でも相手がもしただのチンピラじゃなくて、どこかの組織の者だったら、めんどうなことになりませんか?」

彫光喜も不安げに尋ねた。

「どこかの組織の者なら、三対一であっさりやられたことなんか、恥ずかしくて組に言えんよ。

そんなこと言ったら、てめえらの面目丸つぶれだからな」

彫甲は光喜の質問を一蹴した。

「それに何かもめごとが起きても、俺には秋吉組や中京仁勇会がついている。

そこの親分とは懇意にしているからな。

警察にも親しいやつがたくさんいる」

梨奈は彫甲が暴力団の名前を持ちだしたのが、少しいやだった。

また、美琴と一緒のところを襲われたというのも、梨奈にとっては心配だった。

たぶん行きずりで美琴を見て、劣情を催し、襲おうとしたのだろう。

美琴には熟女としての魅力がある。

だが、最初から美琴のことを知った上で狙ったとしたらどうだろうか。

美琴に何か事情があり、師匠がそれに巻き込まれることも考えられる。

可能性としては低いので、あまり心配することはないのだろうが。

彫甲は美琴とはかなり懇ろの仲のようである。

背中一面に大きな入れ墨を彫らせたということからも想像できる。

よほど深い関係でなければ、女性が男のために、一生消せない入れ墨を彫ることを了承するわけがない。

単なる彫り師と客との間柄ではないことは明らかだ。

そのことは美好も敏感に察している。

けれども、美琴の素性は一切わからない。

梨奈はなぜか胸騒ぎを感じるのだった。



それからしばらく後のことだった。

梨奈が彫甲入れ墨道場の門下生となり、もう1年が経つ。

「それじゃあ、今日はご苦労さん。

今日は光喜が二人で75,000円、彫奈が三人で105,000円の売り上げか。

平日としてはよく頑張ったな。

光洋も練習で一人彫ったしな。

光洋も腕を上げた。

みんな、明日もよろしく頼むぞ」

夜9時に道場を閉めるとき、彫甲は終業の挨拶をした。

門下生は料金の6割が取り分なので、梨奈と彫光喜の今日の収入は108,000円だ。

今日は平日ではかなり多いほうで、いつもこれほど来客があるわけではない。

それでも所帯を持っても二人で働けば、十分やっていけるだけの手応えはある。

もちろん病気などで仕事ができなくなれば収入はなくなる。

安定しているとはいいがたい。

だから二人はできるだけ生活を切り詰め、貯金をしている。

結婚資金には十分な金額を貯めた。

料金の4割を道場に差し出さなければならないといっても、自分たちでスタジオを経営すれば、店舗の賃貸料など経費がかかるし、第一“彫甲”というネームバリューがあるからこそこれだけの来客がある。

自分たちだけでスタジオを運営すれば、客は週に数人あればいいところだろう。

だから料金の4割を道場に納めなければならないといっても、十分納得できる金額である。

春日井道場は独立採算制で、売り上げの2割を“彫甲”の名前の使用料、ロイヤリティーとして納めることになっている。

客数は最近少しずつ増えているとはいえ、八事道場に比べれば、まだ少ない。

それでも他の有名なタトゥースタジオに比べても、遜色ない収入がある。

洋子は最近練習台として希望者がいれば、1時間3,000円で彫っている。

洋子も着実に腕を上げてきている。

今日は生理で少し体調がわるいと言いながらも、一人4時間彫り、12,000円を稼いでいた。

体調の悪さは仕事に影響を与えず、なかなかの出来だった。

練習台になってくれた人は、安い料金で背中に狩野永徳ばりの唐獅子を彫ってもらい、満足して帰っていった。

次は唐獅子を飾る牡丹を彫ることをリクエストした。

道場は順風満帆に行っているように見えた。

彫甲は道場を閉め、自宅まで歩いて帰っていった。

彫甲の道場から自宅までは、歩いて10分ほどだ。

八事の高級住宅地に彫甲の自宅がある。

運良く状態がいい中古の住宅を安く手に入れ、リフォームして住んでいる。

彫甲は自宅から道場まで、徒歩で往復している。

自宅まで半分ほど歩いた地点だった。

昼間なら人通りが多いが、夜9時が過ぎ、人影が絶えていた。

「あんた、彫甲さんかね」

二人組の男が横から声をかけてきた。

「何だ? おまえらは」

「ちょっと一緒に来てもらいたい」

「いやだと言ったら?」

「これを見てから言ってほしいな」

背が低く、でっぷり太った男が言った。

右手に振りかざしているものは拳銃だった。

「いくら元相撲取りでも、チャカには歯が立たんだろう? ドスならともかく」

男は彫甲に照準を定めた。

「おもちゃなんかで俺を脅せると思っているのか?」

さすがの彫甲も拳銃を見て冷や汗をかいた。

それでも強がりを言った。

「そう思うなら、試してみるか? ただ、本物だとわかった時点で後悔しても、もう遅いがな。

運がわるければあの世行き、よくても身体に穴が開いて、痛い思いをするぜ」

相手の落ち着いた態度を見ていれば、その拳銃が本物であることは間違いないだろうと彫甲は推察した。

ここはとりあえずおとなしく従うしかないだろう。

彫甲は覚悟を決めた。



夜中の12時近くに、彫甲入れ墨道場の電話が鳴った。

住み込みの洋子が受話器を取った。

「夜遅くごめんなさい。

私、美好ですけど、光洋?」

夜遅く、と言われても、洋子にとってはまだ宵の口だった。

そろそろ入浴しようかなと思っているところだ。

生理痛も少しよくなっている。

「はい。

光洋です。

奥様ですか?」

「光廣、まだ道場にいますか?」

「いいえ、師匠、今日は9時過ぎに帰りましたけど」

「どこかに寄るようなことは言ってなかった?」

「いえ、特に聞いてません。

今日はお客さんが多くて、とても上機嫌でした。

私も一人彫って、師匠に褒めてもらいました。

だからどこかで飲んでいるんじゃないですか?」

また美琴のところかな、と思いつつも、美好にはあからさまに言えなかった。

「光洋も練習できたの。

よかったわね。

今日は上の子の誕生日なのよ。

それで終わったらまっすぐ帰ると言っていたのに、まだ帰らないので、どうしたのかなと思って電話したのだけれど。

そう。

何も言ってなかったのね。

遅い時間にごめんなさいね。

お詫びにちゃんこごちそうしてあげるから、また店にいらっしゃい」

そう言って美好は電話を切った。

「あの宿六、子供の誕生日だというのに、忘れて美琴のところに行っているのね。

一度、別れてやると強く脅かしてやろうかしら」

携帯電話が通じないのは、美琴と乳繰り合っているので、電話に出る気にならないのだろう、と美好は解釈していた。

彫甲は美好からの着信音を、他の人からのものとは違う音にしてあるので、着信音を聞くだけで、美好からの電話はすぐにわかる。

翌朝、もう10時を回ったというのに、彫甲はまだ道場に来ていなかった。

平日は梨奈と彫光喜はいつも9時ごろ出勤し、客に彫る下絵の準備をしたり、針を組んだりしている。

針作りは洋子がけっこううまくなったので、洋子に任せることが多い。

彫甲もいつもは10時前に道場に来ている。

「今日は師匠、遅いわね」

時間にはうるさい彫甲が連絡もなく遅れているので、体調でも崩しているのではないかと、梨奈は気になった。

でも体調がわるいなら、必ず美好から連絡が来るはずだ。

平日は午後1時から営業といっても、道場は10時には彫り師が揃っているので、飛び込みで早い時間に客が来ることもある。

そんなときは時間前でも対応している。

「実は昨夜12時頃、奥様から師匠がまだ帰らないという電話があったんです」

洋子が美好から電話があったことを梨奈たちに告げた。

「私はどうせまた美琴さんのところかな、と思っていたんですけど。

たぶん奥様もそう考えていたと思います」

「俺もそうだと思うけど。

でも、やっぱり連絡もなく師匠が遅れるなんてちょっと心配だな。

今までこんなこと、一度もなかったから。

事故にでも遭ってなければいいんだけど」

彫光喜は何度も彫甲の携帯に電話をかけたが、「お客様のおかけになった電話は、現在電波の届かないところにおられるか、電源が入っていないため、かかりません」

というアナウンスを繰り返すばかりだった。

彫光喜が心配して、美好に電話した。

武甲山は11時に開店だから、もう店のほうにいるだろう。

武甲山の営業時間は午前11時から午後2時、午後5時から10時だ。

昼は値打ちなランチがあり、12時近くになると、店の前に行列ができる。

「光廣、まだ道場にも来ていないの? 実は昨夜はうちに帰らなかったのよ。

どうせまた美琴のところにでも行っているかなと思っていたけど、道場に連絡もなく、出勤もしていないというのはちょっと変ね。

あの人はいい加減なようでも、そういうところはわりときちんとしているから。

ひょっとして昨日の帰りに事故にでも遭ったんじゃないかしら? 今日はあの人、お客さんは入っているの?」

「はい。

1時から秋吉組の人が入っています」

「あちらの関係の人ね。

それならきちんとしておかないとまずいわ。

もう少し待ってもし光廣が来なかったら、私に電話して。

組のほうに、今日は彫甲の具合がわるいからキャンセルさせてくださいと連絡しておくから。

ほかに組関係のお客さんは?」

彫光喜は彫甲の予定を調べ、客の名前と所属している組を美好に伝えた。

今日は秋吉組と中京仁勇会の組員三人の予約が入っている。

組関係の客は彫甲が一手に引き受け、梨奈や彫光喜には決して手を出させない。

春日井道場では、二代目彫甲を襲名した彫青龍が暴力団関係者に対応している。

彫甲も堅気の弟子たちには、できるだけ暴力団と関係を持たないように留意している。

結局営業時間になっても彫甲は来なかった。

連絡もなかった。

組のほうには美好が連絡し、丁重にお詫びをしてくれた。

彫甲のことは気になったが、梨奈と彫光喜は自分たちの予約客に、きちんと対応した。

春日井道場の彫青龍、彫大海には、無用の心配をかけてもいけないので、状況がはっきりするまでは黙っていることにした。

夕方、「お金がないけど、練習で安く彫ってくれるという話を聞いて来ました。

胸にチョウチョを入れたいです」

という若い女性が、紹介者の男性と一緒に来たので、洋子が対応した。

しかし話を聞くと、18歳にはなっているが、高校3年生だった。

「うちは18歳でも、高校生には施術できません。

高校を卒業したら来てください」

青少年育成保護条例などにより、18歳未満の人には入れ墨、タトゥーの施術ができない。

その女の子は去年の秋に18歳になってはいるものの、高校在学中なので、洋子は施術を断った。

洋子が本田と連れ立って彫甲入れ墨道場を訪れたときは、高校を中退して、喫茶店でアルバイトをしていた。

アルバイトとはいえ社会人となっていたので、梨奈は施術を引き受けた。

もちろんその時点で18歳に達していた。

梨奈と彫光喜の施術が終わり、夜9時前に道場を閉めた。

彫甲からはとうとう連絡がなかった。

こちらから携帯にかけても、全くつながらない。

「師匠、いったいどうしちゃったのかしら? まさか昨日の帰りに交通事故にでも遭ったのでは?」

「でも交通事故なら、警察から連絡があるはずだ。

師匠は目立つ風貌をしているから、身元不明なんてことは絶対ないはずだよ。

警察にも知り合いがたくさんいるし」

「ひょっとしてクルマでぶつけた人が、証拠隠滅のため、死体をどこかの山に運んで埋めちゃったとか?」

「ヨーコ、縁起がわるいこと言わないでよ」

梨奈は本気になって洋子をたしなめた。

梨奈の胸にぐっとくるものがあった。

あんなでたらめな師匠なのに、梨奈は師匠のことが大好きだったのだと改めて思い知らされた。

もちろん恋愛対象としてではない。

今日は師匠のことが心配で、まだ夕食も食べていない。

これから三人で武甲山に行き、食事をしながら美好と相談しようということになった。

彫光喜が電話すると、定食を用意しておくから、すぐ来てください、と美好が応じた。

武甲山は彫甲入れ墨道場から歩いて行ける距離だ。

「あの宿六、いったいどうしちゃったのかしら。

こんなに光喜たちに心配をかけちゃって」

そういう美好自身、かなり焦燥に駆られていた。

「交通事故に巻き込まれたんじゃないでしょうか? でも交通事故なら、必ず警察から連絡があるはずだし」

彫光喜が自分の考えを述べた。

「交通事故ではないわ。

私も警察に知っている人がいるから、訊いてみたけど、光廣らしい人の事故はなかったわ」

「奥様にこんなこと言うのは申し訳ないのですが、美琴さんとどこかに雲隠れした、ということはあり得ませんか? 駆け落ちとか」

梨奈はおそるおそる発言した。

「それはないと思う。

あの人はそんなこそこそするタマじゃないから。

浮気でも堂々とするわ。

美琴の側に何か事情でもあれば別だけど」

食事を終えてから、四人はこれからどうするかを話し合った。

「明日もう1日様子を見て、もし光廣から連絡がなかったら、警察に捜索願を出しましょう。

明日は休みの日で申し訳ないけど、道場で待機していてくれないかしら? 食事はうちで用意するわ」

手遅れにならないうちに警察に連絡をするほうがいいのでは、という意見も出た。

しかし捜索願を出したとたんに、何食わぬ顔をしてひょっこり戻ってきたのでは迷惑をかけるから、明日もう1日だけ様子を見ることになった。



拳銃を持った二人組に拉致された彫甲は、後ろ手に厳重に縛られた。

そして黒塗りのベンツに乗せられ、要塞のような建物に連れ込まれた。

ベンツの窓から外を見ていた彫甲は、ここは南区の方だな、と考えた。

名古屋に来て4年以上が過ぎ、名古屋近辺の地理はだいたいわかっている。

彫甲は広い立派な部屋に連れて行かれた。

部屋には神棚が祀られ、豪華な応接セットが置かれている。

彫甲の道場にある応接セットより、はるかに高級な代物だ。

奥には大きな両袖の書斎用の机が置いてある。

壁には額縁に入った“任侠”という達筆な書が飾られている。

「あんたが有名な彫り師の彫甲さんかね?」

60歳を超えていると思われるが、ぎらぎら脂ぎった、恰幅がいい男が彫甲に問いかけた。

その男は書斎用机の向こうにある、座り心地がよさそうな、極上の天然皮革を使用した椅子にどっかりと腰掛けていた。

「人の名前を訊くのなら、まず自分から名乗るのが筋だろう」

「てめえ、自分の立場をわきまえているのか?」

虚勢を張る彫甲に、拳銃を持っていた背が低い、太った男が声を荒らげた。

「まあいい、吉永。

そいつの言うとおりだ。

失礼した。

わしは黒姫組三代目組長の田所だ」

田所は圧倒的優位にある余裕か、怒鳴る吉永をなだめた。

そして自己紹介をした。

「黒姫組の田所だと? その田所さんが俺に何の用だ? まさか俺に入れ墨を彫ってくれ、という依頼じゃないだろうな。

それにしてはたいそうな出迎えだな」

彫甲は虚勢を張った。

田所に会うのは初めてだが、名は知っている。

黒姫組というのは、彫甲がよしみを通じている秋吉組や中京仁勇会と敵対している組織だ。

過去、血塗られた抗争を繰り広げたこともある。

現在は戦争を続ける愚を悟り、形の上では手打ちをして、共存共栄という関係になってはいる。

しかしほんの小さなことがきっかけとなり、また対立しないという保証はない。

「フォッフォッフォッ、うちは彫斉先生にお願いしているから、わざわざ彫甲さんのお手を煩わす必要はないですな」

彫斉は名古屋地区では、彫浪一門、彫島一門などの重鎮には及ばないが、ちょっとした勢力を持っている。

しかし最近台頭著しい彫甲一門を目の上のたんこぶとして、脅威を感じている。

(彫斉の野郎、俺が邪魔になったんで、黒姫を使って圧力をかけよう、という気か? もしそうなら、そんな脅しに怯む俺ではないことを思い知らせてやる) 彫甲はこれは彫斉が仕組んだ茶番劇かと考えた。

確かに俺は何度も彫斉のことを、下手だとか素人彫りだとけなしたことがある。

最近少しうまくなったとはいえ、彫甲から見れば、彫斉は下手以外の何物でもない。

それで彫甲を恨んでいるのだろう。

彫斉が黒姫組を使うなら、俺のバックには秋吉組がある。

中京仁勇会ともよしみがある。

黒姫もまさか秋吉組や中京仁勇会との戦争覚悟で無理を通すことはしないだろう。

勢力からいえば、黒姫組は秋吉組、中京仁勇会の連合に比べ、かなり劣っている。

「それならなぜ俺をこんなところに連れてきたのだ?」

「あんたを連れてきた理由か。

そうだな。

わしの女をつまみ食いして、おまけに背中一面に彫り物を入れて傷物にしてくれたお礼かな。

女を手玉に取られて、俺のメンツも丸つぶれだ。

この代償は高いぞ。

落とし前として、わしの女を傷物にしたその右腕でもいただくかな」

田所は不気味そうににやりと笑った。

「おまえの女だと?」

まさか美琴のことか? 美琴があのヒヒじじいの女だと? そんな馬鹿な。

あいつはちっぽけな料理屋の女将でしかないはずだ。

他人の心理を読むことに長けている彫甲にも、美琴から暴力団組長の女であるというような気配は読めなかった。

「わしのもとから逃げ出した女だ。

だから正確には元カノということになる。

しかし逃げた女だからこそ、おまえが懇ろになり、背中に大きな彫り物まで彫らせたということが気にいらんのだ。

わしでも心をとらえることができなかった女を、おまえがそこまで本気にさせたということがな」

しょせん逃げた女への未練を俺に面当てしてきたということか。

彫甲はこう考えたが、自由を奪われているという不利な状態なので、あえて相手を刺激することを言わなかった。

相手が拳銃を持っているということも、彫甲を慎重にさせた。

今日は長男の誕生日なので、早めに帰ると約束したが、その約束は果たせそうにないな、と彫甲は心の中で子供に詫びた。

「それで、これからどうする気だ? 俺の右腕をいただくとか言っていたが、そんなことをすれば、黒姫と秋吉、仁勇会との戦争になるぞ」

彫甲は田所を牽制した。

「ふん。

おまえの右腕一本ぐらいで戦争をしようなんて、秋吉もそこまでは考えんだろう。

こっちとしては男のメンツがかかっているんだからな。

ひとの女を横取りしたとあっては、どっちに非があるか、秋吉にもわかるだろう」

田所は彫甲の恫喝には乗ってこなかった。

「しかし俺は美琴があんたの女だったなんて知らなかったのだ。

美琴は何も言わなかったからな。

一度美琴に会わせろ」

「ああ、いいさ。

あとで会わせてやる。

今日はもう遅いから、おまえの処分は明日考える。

今夜一晩、美琴とじっくり話し合うがいい」

田所は吉永に命じ、彫甲の腕を縛ってあるロープを解かせ、代わりに頑丈な手錠を後ろ手にしてかけさせた。

銃口が彫甲に向けられているので、逆らうことはできなかった。

そして監禁用に作られた部屋に彫甲を連れて行った。

一面が鉄格子になっており、牢獄のような部屋だった。

「今夜はここでお泊まりだ。

豚箱よりは多少ましだろう。

寂しいだろうから、話し相手も連れてきてある。

ありがたく思えよ」

そう言いながら田所は彫甲をその部屋に押し込めた。

その部屋は殺風景な部屋だった。

トイレと洗面台はついている。

一年のうち最も寒い季節なのに、暖房設備はない。

照明も暗い。

布団が一組用意されていた。

「光廣さん」

鉄格子になっているドアが閉まると、彫甲は奥から声をかけられた。

それはよく知っている声だった。

「お、おまえは美琴……」

「ごめんなさい、私のせいでこんなことになってしまって」

「おまえ、田所の女だったのか」

「でも、私が本当に愛したのはあなた。

光廣さんなのよ。

信じてください」

美琴はこれまで話そうとしなかった身の上を彫甲に語ったのだった。

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