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刺青師牡丹-第14話 文殊菩薩の女

第14話 文殊菩薩の女  ▼
前回までのあらすじ----------
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翌日、バイクに乗って山葉洋子が八事道場にやってきた。
約束の時間より少し早めに到着した。

バイクから降り、ヘルメットをとった洋子の頭を見て、梨奈と彫光喜はびっくりした。
洋子はブロンドに染めた長い髪を、ばっさり切っていた。
尼さんのような剃髪とまではいかないが、バリカンで5厘刈りぐらいまで刈り上げていた。

「ヨーコ、もう頭刈ってきたのね。
その決意、すごいわ」

「はい。
朝のうちに近所の理容店で刈ってきました。
店の人は、仏門にでも入るのかね、と驚いていました」

「そりゃあ女性がそんなに短くすれば、驚くでしょうね」

「こちらで剃られるぐらいなら、自分でやってしまおうと思って」

もし弟子入りを許してもらえなかった場合、頭を丸めたことが全く無駄になってしまう。
そんなリスクを顧みずに頭を刈ってきたことに、梨奈は洋子の意気込みを認めた。

最初、洋子の家族は洋子が彫り師になることに猛反対だった。
洋子が梨奈に彫ってもらった太股のバラと蝶を見せたときには驚きはしたが、ファッションとして受け入れた。
両親は、この子ならいつかはタトゥーを彫りそうだという予感を持っていた。
しかし彫り師になりたいという夢を語ったときには、激しく反対をした。

それでも洋子がバイトで稼いだ金で、絵画教室に通い始め、熱心に絵の勉強に取り組んだことで、少しずつ態度を軟化させた。
これまで飽きっぽくて、何をやっても長続きしなかった洋子が、真剣に絵の勉強をしていたことに、両親は洋子の意気込みを感じたのだ。
結局両親は洋子の彫り師になりたいという夢を認めたのだった。

面接をした彫甲は、洋子の頭を見て、彫り師になりたいという強い決意を見て取った。
いくつか質問して、弟子として受け入れることを決めた。
そして弟子になるにあたっての誓約書を書かせた。
 
洋子は“彫光洋(ほりこうよう)”と名乗ることになった。
洋子を逆さにしたような語感で、洋子自身は気に入った。

洋子には緑色の作務衣を与えられた。

梨奈は彫光喜からしてもらったように、坊主頭を覆うバンダナを何枚か洋子に渡した。

洋子は蒲郡の自宅から通うのが大変なので、彫大海に代わって道場に住み込むことになった。
以前、太股にバラなどを彫りに来たときに会っているとはいえ、ほとんど初対面に等しい洋子を住み込ませることに、彫甲は少し不安を抱いた。
けれども梨奈が、「洋子は大丈夫です。
万一不都合が起きれば、私が責任を取ります」
と進言したので、住み込ませることにした。

梨奈は洋子と知り合ってからまだ1年ちょっとで、それほど洋子のことを知っているわけではない。
しかしバイクギャングロッカーズと疾風韋駄天会は、強い絆で結ばれ、お互い信頼関係を築いている。
だから梨奈は洋子を信頼した。

榊原温泉での美好との約束があるので、住み込みになっても、彫甲は洋子に手を出すようなことはしないだろう、と梨奈はあえて考えた。
洋子が慣れるまで、しばらく梨奈も一緒に道場に寝泊まりすることにした。

洋子は近日中に引っ越しを完了させることとなった。

道場では「あたい」
という一人称を「わたし」
と改めるよう、洋子は彫甲から注意された。
また、暴走族時代の乱暴な言葉遣いも直せと命じられた。
彫り師も接客業なので、話し方は大切だ。
しかし洋子の言葉はすぐには直らず、彫甲からよく叱られていた。

耳や鼻、口元のピアスは特に注意を受けなかった。
梨奈も耳の軟骨や鼻にピアスをつけている。

彫甲は、梨奈に空き時間があれば、洋子の背中に大日如来を彫ることを命じた。
大日如来は未年生まれの洋子の守護仏だ。
洋子は無料で梨奈に彫ってもらえることを喜んだ。
梨奈は大日如来の下絵作りに何日も費やした。
洋子にはきれいな絵を彫ってやりたかった。

洋子の引っ越しは、彫光喜の予約が入っていない日に行われた。
光喜がR2を提供してくれた。
荷物を運ぶために後部座席を倒せば、R2には二人しか乗れない。
最初は梨奈が洋子と二人で蒲郡の家まで行く予定だったが、引っ越しは荷物運びだから、男の手があるほうがいいだろう、と光喜が引き受けてくれたのだった。
軽自動車のR2ではあまりたくさんの荷物を積めないので、持ってくるものは必要最小限にした。

引っ越しが完了した日に、彫甲は歓迎会として、洋子を武甲山に連れて行った。

「師匠の奥さんはとてもいい人だから、何かあったときには相談に乗ってもらえるわよ。
私たちのお母さんみたいな存在なの」

梨奈は洋子に伝えた。

店に何枚も飾ってある武甲山の現役時代の写真を見た洋子は、「あの写真、師匠なんですか? 師匠、かっこよかったんですね」
と感動した。


彫甲入れ墨道場に弟子入りした洋子の修業は厳しかった。
食事の準備、清掃、洗濯などをさせられた。
また、客の受付、接待や針作りなども洋子の仕事だった。
最初はなかなか入れ墨の指導をしてもらえなかった。
時間が空いているときに、ちょっと絵の練習をさせてもらえる程度だった。
彫甲からきつく叱られ、涙を流すことが多かった。

「私、こんなことするために弟子入りしたんじゃない」

洋子は時々梨奈に愚痴った。
梨奈は弟子入りしたとき、すでにプロとしての技術を身につけており、かなり優遇されていたので、洋子にはアドバイスをしづらかった。

そんなときは彫光喜が自分の体験を語った。

「俺だって最初の2ヶ月は掃除とめしの支度、師匠や兄弟子のパシリばかりだったよ。
あとは絵の練習。
3ヶ月目にようやくマシンを持たせてもらえて、師匠の彫りを見学させてもらったり、自分の肌に彫ったりすることが許されたんだから。

光洋はまだ入門して1ヶ月しか経ってないから、当然だよ。

どこの道場でも、弟子入りしたばかりのころはそんなもんさ。
中には半年以上、マシンを持たせてもらえず、掃除ばかりやらされているところもあると聞いているよ」

彫光喜が弟子入りした当時は、彫甲だけでなく、彫青龍にこき使われ、またさんざんののしられて、辛い思いをした。
彫大海が優しく声をかけてくれ、それで何とか耐えることができた。

彫大海の後輩が二人いたが、その二人は彫青龍のあまりのしごきやいじめに耐えかね、辞めていった。

彫光喜は梨奈と共に洋子を武甲山に誘い、自分や彫大海の体験を話した。

「光喜さんはそんな辛い思いをしてたんですね。
彫奈さんは来た早々、いきなり頭に入れ墨彫られちゃったし。
しごきはあまりなかったといっても、それってすごく辛いことですよね。
顔に彫られちゃったみたいなものだから。

私、もう一度頑張ります。
私はいじめっ子ジャイアンみたいな怖い兄弟子がいないだけ、まだましかしら」

道場から逃げようとまで考えていた洋子は、師匠のしごきに負けまいと、決意を改めた。
時々恋人の本田にも、電話やメールで励まされていた。

以前、弟子同士の恋愛を禁じていた彫甲だが、本田は部外者なので、本田との恋愛までは口出ししなかった。
修業に支障が出ない程度にとどめておけ、と注意したぐらいだった。

洋子は今梨奈に、背中に大日如来を彫ってもらっている。
逃げたりすれば、その大日如来も未完成で終わってしまう。

「背中の大日如来が完成するころには、ヨーコもマシンを持たせてもらえるよ。
だから頑張ろうね。

光喜さんは、私がここに入る少し前にやっと自分の身体で練習することを許してもらえたんだけど、そのあとは大海さんがびっくりするほどの早さで上達していったの。

大海さんの場合は、お客さんに彫らせてもらえるようになったのは、弟子入りして1年以上経ってからだそうよ。

人それぞれ、進歩のスピードには差があるけど、ヨーコは自分のペースでじっくり進めばいいんだから。
ヨーコはまだ19歳だから、焦る必要など全然ないのよ」

梨奈も洋子を温かく励ました。
洋子は弟子入りしてから、彫甲に連れられて春日井道場に行き、彫青龍、彫大海に挨拶をした。

また、秋の温泉旅行は春日井道場の二人も一緒に行ったので、そのときいろいろと話をした。
彫大海からは、修業の苦労話などを聞かせてもらった。
彫青龍は春日井道場に赴任してから、少し丸くなったようだった。
秋の温泉旅行は、奥三河の湯谷温泉だった。
このときも美好が同行した。


10月16日の大安の日、バイクギャングロッカーズの則武達義と綾戸沙織の結婚式が行われた。
土曜日で彫甲入れ墨道場は書き入れ時ではあったが、親友の結婚式ということで、梨奈と彫光喜はこの日、休暇をもらった。

その前の日曜日は大名古屋タトゥー大会が開催された。
タトゥー大会でバイクギャングロッカーズがライブを開くのは、この日が最後だった。
メンバーも皆20代後半にさしかかり、これからは社会的な責任が重くなってくる。
バンドとしての活動をやめてしまうわけではないが、今後は仕事などに軸足を移していかなければならない。

プロのロックンローラーを目指しながらも、とうとうプロとしては花開かなかった。
それが最も残念なことだ。
しかしアマチュアバンドとはいえ、かなり多くの人たちの心をとらえてきたことが、バイクギャングのメンバーたちの誇りだ。

その日は大名古屋タトゥー大会最後のライブとして、いつも以上に大々的なイベントが行われた。
タトゥーの実演以上にバイクギャングのライブが白熱した。

疾風韋駄天会の連中もタトゥー大会の会場に駆けつけ、バイクギャングに熱烈な声援を送った。

「バイクギャングのライブもこれが最後かと思うと、寂しいですね」

ジュンがコージに言った。

「そうだね。
タツが彫浪師匠のところで初めて彫ったとき、彫ってもらっている間にバンドの話をして、それでこの大会でライブをしてみないかね、ということになったことが発端だったけど。
それ以来の付き合いだったからね」

「今年でもう5回目になるのね。
バイクギャング、すばらしいバンドだと思うけど、どうしてプロになれなかったのかしら」

「やっぱりプロに挑戦するのなら、東京に出なければいけないのかもしれないね。
今はネットなんかでかなり主張できるようになってはいるけど、優れたプロデューサーなどの目にとまるためには、首都圏で活躍する必要があるんじゃないかな」

「本当に残念ですね。
チャンスさえあったなら、きっと世に出ていたと思うんですけど」

「僕もそう思うよ。
でも全員が東京に出るのは、無理だったようだ。
彼らは仲間の結束を大事にしているから、仲間を置いて、行ける者だけで東京に出る、ということはしないからね」

コージとジュンは、完全に活動をやめるわけではないが、主要な活動はこのタトゥー大会が最後になることを残念がった。

梨奈と彫光喜は、彫甲入れ墨道場での仕事があるので、タトゥー大会に参加できないことが心残りだった。
特に今回はバイクギャングロッカーズ最後のライブでもある。
彫甲は他の一門のイベントに参加することを許していない。

その代わり、達義と沙織の結婚式に出席することは許してくれた。
前々から日にちはわかっていたので、その日には予約を入れていない。

大名古屋タトゥー大会の翌日、タトゥー専門誌の編集者が、彫甲入れ墨道場を訪れ、梨奈の取材をした。
去年のタトゥー大会で知り合った編集者が、梨奈が彫甲入れ墨道場でプロデビューを果たしたと聞き、インタビューを申し入れた。
彫甲は道場の宣伝になるので、一も二もなく、取材を許可した。


達義と沙織の結婚式は名古屋駅近くのホテルで行われた。
神前式による挙式だった。
沙織は達義より1歳年上の、姉さん女房だった。

達義は紋付き羽織袴やモーニングコートなどだから問題ないが、背中や手首、胸にタトゥーがある沙織は、服装選びが大変だった。
やはり結婚式では大きなタトゥーを隠しておきたい。
梨奈はピオニーの佳枝に相談し、エアーブラシでタトゥーを隠すことを提案した。

その相談のために沙織と一緒にピオニーを訪れると、オーナーの和美を始め、ピオニーのスタッフ一同が梨奈を歓迎してくれた。
梨奈が彫甲で仕事をしていることや、頭に牡丹や蝶を彫られてしまったことは、みんな知っていた。
商談を後回しにして、和美は梨奈の近況を聞きたがった。
しかしあまり沙織を待たせるのもいけないので、佳枝が早速用件を尋ねた。

ファッションタトゥーやボディーペインティングは梨奈が行うはずだったが、ピオニーを辞めざるを得なくなったので、今は梨奈の後を継ぎ、佳枝がやっている。
佳枝もボディーアートスクールに通い、しばらくタトゥーやボディーペインティングの勉強をした。

式の前日、沙織は佳枝にエアーブラシなどでタトゥーを隠してもらい、無事結婚式を迎えることができた。


「光洋、これから俺の実演を見せてやる。すぐ仕事場に来い」

兄弟子二人が結婚式のため休んでいる日に、洋子は師匠に声をかけられた。
梨奈と彫光喜の施術を見せてもらったことは何度もあるが、彫甲のものを見るのは初めてだった。
洋子は喜んで仕事場に下りていった。

以前は彫り師が五人になったので、彫甲と彫青龍のブースは、応接セットを撤去して、そこに設置していたが、今は元に戻している。

仕事場には一糸まとわぬきれいな女性が立っていた。
年齢は30代半ばぐらいか。

「新しく入った弟子の彫光洋だ。
今日は手本を見せてやりたい。
よろしく頼む」

彫甲の話し方を聞いて、洋子は「おや?」
と思った。
彫甲は客にはもう少し丁寧な話し方をする。
その客はよほど師匠と親しい人なのだろうか。

いくら洋子が女性といっても、第三者がいる場で、客を裸で立たせておくことも理解できなかった。
もちろん大きな絵を彫るときは裸にならなければならないが、それでも彫る前には、胸や下半身はタオルなどで覆う。

ひょっとしたら師匠の“親しい女”なのかしら、と洋子は推測した。

「これから背中に転写を行う。
よく見とけよ」

彫甲は女性の背中をグリーンソープで洗浄したあと、石けん分をよく拭き取った。
それからA3判の和文タイプ用紙を押し当てた。
そして慎重に位置を確定し、絆創膏で固定した。
背中の下部、腰、臀部にかけてもう1枚を当てて、位置を決めた。
そのあと濡れたペーパータオルで軽く和文タイプ用紙を叩いた。

しばらく待ってからタイプ用紙をそっとはがした。
女性の背中からお尻にかけて、くっきりと紫色のラインが転写されていた。
それは唐獅子に乗った文殊菩薩の絵だった。
転写しただけの絵ではあったが、洋子にもその絵の素晴らしさはわかった。
完成したときにはすごい絵になるだろうな、と洋子は思った。

洋子が背中に彫ってもらっている大日如来も美しい。
女性アーティストとしての梨奈の、面目躍如たるすばらしい絵だ。

彫甲の絵は梨奈とは次元が違う絵だった。
どちらがより優れた、というものではない。
絵の示す方向性が違うのだ。
和彫りの頂点ともいえる彫甲と、アメリカンタトゥーの技法を採り入れた、繊細で優美な梨奈。
洋子には甲乙つけがたかった。
ただ好き嫌いでいえば、梨奈の絵のほうがより好きだといえた。

「どうだ? 美琴。
こんなところでいいか? もし何かあれば、遠慮せず、今のうちに言えよ。
筋彫りしたら、もう変更できんのだからな」

姿見を食い入るように見ている美琴に、彫甲は言った。

「はい。
これでけっこうです。
とても素晴らしいと思います」

「よし。
しばらく休憩して、完全に乾いたら施術だ」

休憩の間、三人はたばこを吸った。
洋子は未成年だが、彫甲は特に注意をしなかった。
喫煙しない梨奈と彫光喜は、洋子がたばこを吸おうとすると、「未成年はだめ」
と叱るのだった。

10分ほど経ってから、彫甲は美琴をエステベッドに俯せになるように指示をした。

「光洋、おまえは彫奈の施術は時々見せてもらっているようだが、俺の彫りもよく見ておけよ。
おまえはこれまでよくやってきたから、これから本格的に教えてやる。
今日は筋彫りだけだが、またつぶしやぼかしも見せてやるからな」

「はい。
よろしくお願いします、師匠」

師匠はいよいよ私にも彫り方を教えてくれるのだな、と思うと、洋子は嬉しかった。

洋子は彫甲の施術をしばらく見学していた。
もう2時間近く彫っている。
まもなく午後6時だ。

「師匠、お食事、どうしましょうか? 何か作ってきましょうか」

洋子は遠慮がちに尋ねた。
今日の昼食は彫甲と二人だけだったので、インスタントラーメンで済ませた。
だから食べ盛りの洋子は空腹だった。

「今日は俺と光洋の二人だけだから、めしの支度はしなくていい。
ちょっと遅くなるが、終わったらステーキでもおごってやる」

ステーキをおごってくれると聞いて、洋子は「やったー」
と心の中でつぶやいた。


達義と沙織の結婚式は、順調に進んだ。
挙式の場には、バイクギャングロッカーズの仲間も招かれた。
富夫、政夫、康志、伸吾は達義側、淑乃、直美、七海、梨奈は沙織側の友人として参列した。

新郎新婦の入場。
新郎は紋付き羽織袴、新婦は赤い地に華やかな牡丹が描かれた色打ち掛けを着ていた。
頭は純白の角隠しだ。
二人は伝統的な和装だった。

ロックをやっている達義は、派手な服装が似合う。
仲間のみんなは神前式ではなく、キリスト教式で挙式をするのではないかと考えていたが、見事に予想を外された。

「タツさんも沙織さんもすてき。
私と伸吾さんもあんな感じでいきたいわ」

梨奈は新郎新婦を前にして、うきうきしていた。
手首まで入れ墨が入っている梨奈は、婚礼衣装の選定が難しい。
それで自分のときも、佳枝に頼んで、入れ墨が見えないようにしてもらおうと思った。

厳粛な修祓の儀、祝詞奏上を経て、いよいよ山献の儀となった。
三三九度の杯の場面で、会場が沸いた。
とはいえ厳かな雰囲気の中、参列者が騒ぎ立てるようなことはなかった。
そして誓いの言葉の読み上げ、玉串奉奠、指輪の交換とクライマックスになる。
式は感動のうちに終了した。

梨奈は友人の結婚式の披露宴には何度か参加したことがある。
しかし挙式の場に参加したのは初めてだった。
特に神前式は神主のお祓いなどがあり、非常に厳粛に感じた。
挙式にまで招いてくれた達義と沙織の友情に感謝した。

しばらくの休憩の後、披露宴が始まった。

披露宴には疾風韋駄天会の高浜も招かれていた。
他のメンバーにも招待状を送っていたが、暴走族がぞろぞろ押しかけても迷惑だろう、というので、高浜が代表で出席した。

披露宴では、新郎はモーニングコート、新婦は純白のウエディングドレスで入場した。
沙織の背中、胸、手首のタトゥーは見事に隠されていた。
よほど目を凝らさなければ、カバーアップの色素と肌の色の違いには気づかない。

「すごい。
あれだけ大きな天女が、全然わからない」

「そうですね。
私たちもみんなタトゥーを入れているけど、あれなら安心ね。
私も挙式のときは、ピオニーでお願いしよう」

淑乃や直美、七海が小声で話し合った。
三人は最近また梨奈に彫ってもらい、タトゥーが増えている。
彼女らもタトゥーは好きで入れたのだが、さすがに結婚式などが気になっていた。

披露宴のプログラムは滞りなく進んでいった。

「すげえな、ほんと。
俺、感動したよ。
タツと沙織、今日はすごく輝いている」

「あの二人、幸せになってほしいですね」

「僕たちだってもうすぐだよ。
僕たちも来年ぐらいには結婚しようよ。
ね、淑乃」

会食のとき、バイクギャングの仲間たちは盛り上がった。

お色直しで、沙織の衣装が華やかなカラードレスに変わった。
淡いオレンジ色にバラの花があしらってある。

キャンドルサービスでバイクギャングの仲間たちのテーブルを回ったとき、達義と沙織は、みんなに「おめでとう」
「幸せになれよ」
「今度は俺たちの番だ」
などと声をかけられ、背中や頭を軽く叩かれて、もみくちゃにされた。

近くで見てもほとんどわからないタトゥーのカムフラージュに、みんなは驚いた。

余興では、バイクギャングの他のメンバーが演奏をした。
いつもリードを演奏している富夫が、達義の代わりにベースギターを弾いた。
そして代打の伸吾はリードだ。
木曜日の休みの日に、少し練習しただけなので不安もあったが、無事こなすことができた。
伸吾もロックが好きで、楽器には多少のたしなみがあったのだ。

自分たちの歌を聴かせてもらい、達義も沙織も感動した。
慣れない伸吾が一生懸命演奏してくれたことも嬉しかった。

祝電は今日参加できなかった疾風韋駄天会の面々からも来ていた。

達義、沙織にとって、生涯忘れられない素晴らしい結婚式だった。

二人はその夜、式を挙げたホテルで宿泊し、明朝、中部国際空港からハネムーンで仁川に旅発つ。


その日は4時間かけて、彫甲は美琴の背中から臀部にかけての筋彫りを完成させた。
洋子は電話や客が来たときは対応し、予約の受付などをした。
客との対応で中座したとき以外は、ずっと彫甲の施術を見学していた。

洋子はこれまで梨奈や彫光喜の施術を見せてもらっていた。

筋彫りはただ肌にラインを引くだけの作業だから、梨奈も彫甲も彫光喜も、同じように見えた。
しかしよく見ていると、左手で皮膚を伸ばすときの指の使い方や、彫るときのマシンの角度など、微妙に違っている。

梨奈は肌に対して、ほぼ直角にマシンを構えるが、彫甲はやや斜めにしている。
角度の違いは線の太さに影響する。
最初は同じように見えたが、1時間、2時間と見ているうちに違いがわかってきた。

そのことを彫甲に伝えると、「光洋も弟子入りして1ヶ月以上経って、ようやく少し入れ墨を見る目が養われてきたようだな。
まだちょっと早いかもしれんが、明日おまえにもマシンを渡す。
楽しみにしておれ」
と満悦の表情だった。

施術が終わってから、彫甲は洋子と美琴を連れ、BMWでステーキのチェーン店に行った。
いつもなら武甲山に行くのだが、美琴を連れて奥さんが経営する店には行きづらいのだろうと洋子は想像した。

美琴と師匠はどんな関係なのだろうか? 梨奈からは師匠には複数の愛人がいると聞いているが、美琴もその一人なのだろうか。
洋子は興味津々だったが、美琴がいるところで、面と向かって師匠には訊けなかった。

彫甲が美琴と話している場面を見ていると、二人はとても楽しそうだった。


翌朝、梨奈と彫光喜が出勤し、洋子は達義と沙織の結婚式のことを尋ねた。
沙織の大きなタトゥーがほとんどわからないほどにカバーされていたということに、洋子は大いに興味を持った。
洋子自身、背中一面に大きな大日如来を彫ってもらっているし、今後腕や胸、脚などにも増えていくだろう。
洋子も自分の結婚式では、入れ墨のことが気になっている。

現在の恋人は本田であり、おそらく本田と結婚することになるだろう。
まあ将来のことは何ともいえないが。
本田は洋子の入れ墨のことを、全く気にしていない。
彫甲に弟子入りすることは、本田自身も勧めてくれた。
それでも結婚式のときには、入れ墨を隠したい。

また、洋子は昨日の客、美琴のことを梨奈と彫光喜に話した。
梨奈はその客のことを、ちょっとまずいかな、と直感した。
しかしすぐ洋子は彫甲に呼ばれ、話は中断した。

洋子は彫甲からマシンなどを与えられた。
そして道場が開店するまでに、自分の脚に何か彫ってみろ、と指示された。
わからないことは、梨奈に訊くように言われた。

洋子は最初にマシンのチューブや針を洗浄、滅菌した。
オートクレーブの使い方はすでに梨奈から教えてもらっている。
それから梨奈の指導を受けながら、自分の右足首に赤い小さなハートを彫ってみた。
自分の肌に彫るのは辛かった。

初めてマシンを使ったが、ラインはぶるぶる震え、かすれたり太くなったりした。
かすれたところをなぞったら、ラインが二重になってしまった。
シェイダー用の5本丸針を使って色を塗ってみると、むらやはみ出し、塗り残しがあり、ひどい出来映えだった。
突きすぎて肌にダメージを与えてしまった部分もある。

「最初は誰でもこんなもんよ。
私だって初めて彫った桜の花はひどいものだったわ。
色はほぼ抜けちゃったし」

梨奈は初めて彫った桜の花を見せた。
今はきれいに直してあるが、それでもよく見ればラインの乱れがわかる。

「練習を重ねるうちにうまく彫れるようになるわ。
私の両脚や足の甲は、すべて自分で練習した絵なの」

梨奈の上半身は見事なタトゥー、入れ墨が入っている。
しかし膝から下は、タトゥーを彫り始めたころ、自分自身で練習のために彫った絵が入っているので、稚拙さが目立つ。
最初は自分の肌を使って練習する彫り師らしい身体といえた。


東京から大名古屋タトゥー大会を見に来た某ディレクターが、バイクギャングロッカーズに目をつけた。
彼は東京に来てバンド活動をしないかと勧めた。
結婚式の前は気ぜわしく、ろくに話もできなかったので、達義たちがハネムーンから帰るのを待って、みんなで相談した。

これが5年前、いや、せめて2年前だったら、おそらく一も二もなく話に乗っただろう。
しかしもはや冒険できる年齢ではなかった。
これからは社会人として、そして家族に対しても責任が生じてくる。

達義は結婚し、妻沙織はすでに妊娠している。
他のメンバーもそろそろ結婚を考えている。

梨奈と彫光喜も相談に加わり、みんなで話し合った。
最初は「韓国はどうだった?」
などとハネムーンのことを話題にしたが、すぐに東京行きのことに話題が移った。

結局、その話は断ることになった。
若い政夫と康志は未練が大ありだったが、現実派の富夫が強く反対した。
政夫と康志も七海、直美との生活を考えなければならない。

「せめて一昨年その話があれば、俺たちはたぶん東京に出て行っただろうな。
その頃なら、万一うまくいかなくても、まだやり直せるだけの若さがあった。
でも、今はみんな20代後半になり、将来の伴侶もできた。
やはり堅実に生きていかなければならない年齢になってまったからな」

達義は残念がった。

「でも、僕たちは完全に引退するわけではない。
ファンがいる限り、ときにはライブハウスなんかで演奏するつもりだ。
活動回数はぐっと減るだろうけど。
これからは趣味として続けていこうよ」

「そうだな。
これまではライブやるために会社なんかにもずいぶん迷惑かけてきたけど、これからは常識ある社会人として、許される範囲で活動していこうぜ。
俺も早く正社員になりたいからな。
七海との生活を安定させるためにも」

「ああ、たとえアマチュアでも俺たちのロックンローラーとしての魂は、不滅だぜ」

富夫の提案に、政夫も康志も賛同した。


美琴は2回目以降は毎週水曜日の夕方4時に彫甲入れ墨道場を訪れ、8時頃まで背中の文殊菩薩を彫ってもらった。
彫り終わったあと、彫甲は道場を梨奈たちに任せ、出ていってしまう。
梨奈はひょっとして、昌枝、若菜に続いて、また愛人を作り、背中に入れ墨を彫らせているのだろうかと懸念した。

美琴は昌枝、若菜より年上だ。
背中に文殊菩薩を彫っているということは、美琴は卯年生まれの可能性が高い。
洋子にも未年の守護仏、大日如来を彫らせている。

卯年生まれなら、美琴の生年は1975年で、今年35歳だろう。
梨奈はそのように推測した。


梨奈は彫光喜と一緒に武甲山で食事をしたとき、美好に尋ねてみた。
やはり新しい愛人ができたらしい。
本人は隠していても、長年連れ添っている妻にはすぐわかる、と美好は言った。

「榊原温泉では『これから俺も少しは改めて、おまえにふさわしい夫になる』と言いながら、懲りない夫だわ。
もうあの人の女癖の悪さは、不治の病かしら。
光洋に手出ししないだけはよかったけど。
私も子供たちのことを考えて我慢しているけど、子供が成人したら、絶対離婚してやるわ」

美好は苦笑いした。
またその女性に大きく入れ墨を彫らせてしまって、何か問題が起こらないか、と美好は心配した。

「福岡ではそれで大問題になって、彫筑師匠のもとにいられなくなったので、名古屋にやってきたのよ。
名古屋場所のときにひいきにしてくれた中京仁勇会や秋吉組の親分さんが誘ってくれてね。
名古屋には彫筑師匠と親しい彫浪さんもみえるし」

やはりそんなことか、と梨奈は思った。

懇意になった有力な保守系市会議員の娘の背中に、大きな入れ墨を彫ってしまい、傷害罪で訴えられたという。
市会議員といっても、半分はやくざのような人だった。
彫筑がつけてくれた弁護士が優秀だったことと、本人の承諾書を取ってあったので、何とか不起訴に持ち込めたものの、福岡にはいられなくなった。

「やっぱり奥様にもお話ししておいたほうがよさそうですね」

梨奈は彫光喜に同意を求めた。

「そうだね。
俺たちだけで背負うのはちょっと荷が重いし、奥様には聞いてもらうほうがいいと思う」

彫光喜も梨奈の意見に賛成した。

「いったい何の話?」

梨奈は彫浪から依頼された件を美好に話した。

「そうなの。
彫浪さんにも心配かけているのね。
彫浪さんは彫筑師匠と仲がよくて、私も福岡で彫筑師匠を訪ねてきたとき、会ったことがあるわ。
たまに一門の人とうちに食べに来てくれて、彫甲君は最近どうかね、なんて声をかけてくれるけど。
彫奈も大変な役を仰せつかったのね。
あの人は私が言っても聞かないから、彫筑師匠から意見してもらえるとありがたいわ。

でも、一つ間違えば、あの人は光喜や彫奈が告げ口をしたと逆恨みして、彫甲一門からあなたたちは干されかねないわ。
もし何かあれば、私に教えてちょうだい。
私から直接彫筑師匠に話をするわ」

美好は梨奈と彫光喜のことを気遣ってくれた。


その後も美琴は定期的に背中を彫りに来た。
毎週水曜日、午後4時からの4時間を、美琴の施術に充てている。

彫甲入れ墨道場では、2時間単位で時間を取ることが多い。
ときには6時間の施術に耐える者もいるが、針の苦痛が大きいので、たいてい1回4時間を限度にしている。

週1回、4時間の施術なので、美琴の文殊菩薩はどんどん進んでいった。
彫甲としては年内に仕上げるつもりだ。


洋子は自分の脚などに彫り、練習を重ねた。
絵はあまり得意ではないが、一生懸命練習をした。
梨奈や彫光喜に比べ、進歩は遅いとはいえ、それでも一歩一歩着実に上達していった。

12月に入り、彫甲は彫光喜の右脚に、菊の花を彫るように洋子に命じた。
梨奈はほとんど全身にタトゥー、入れ墨が入っており、洋子に練習をさせるスペースがなかったので、まだ多少白い部分が残っている彫光喜に彫らせることになった。
菊の図柄は彫光喜と相談して決めろ、とのことだ。
洋子にとっては、初めて他人の肌に彫る。

梨奈としては、洋子が初めて他人の肌に彫るので、見ていてやりたかったが、あいにく予約客がいた。
女性の胸いっぱいに、シンメトリーなバラとツバメの図柄で、仕上げるまでに4時間かかる予定だ。
とても洋子の施術を見ることはできなかった。
洋子のことは彫光喜に任せることにした。

菊の絵柄と色などを彫光喜と話し合って決め、洋子は光喜の肌に転写した。
菊は和風の菊にした。
梨奈が得意にしているファインラインは、まだ洋子には荷が重かった。

初めて他人の肌に彫るということで、洋子は緊張しまくっていた。

自分の肌で練習し、ある程度はきれいに彫ることができるようになった。
洋子の両脚や足の甲は、自分自身のタトゥーの練習でかなり埋まっている。

梨奈が彫った背中の大日如来はすでに完成し、今はそれに龍と牡丹を加えている。
左のお尻に龍の頭があり、大日如来全体を巻く図柄だ。
龍が完成すれば、額をつけ、周りを黒く染める予定である。

しかしいざ他人の肌に彫る、ということになると、やはり大いに緊張した。
たばこを吸えば少し落ち着くが、彫光喜は未成年の洋子が喫煙することを許してくれない。

「光喜さん、もし失敗したらごめんなさい。
下手を打っても、一生消えないですもんね」

「今回は練習なんだから、うまくいかなくても気にすることはない。
俺だって、大海さんに初めて彫った鯉はあまりいいものじゃなかったからね。
彫り師の肌は、後輩に練習してもらうためのものだから、気兼ねなく彫ればいいよ」

彫光喜はなるべく洋子をリラックスさせるように言った。

洋子は初めて他人の肌に針を下ろした。
マシンを持つ右手は緊張した。
最初の花びらのラインは少し震えていた。

「これじゃあだめだ。
光喜さんの肌にとんでもないものを彫ってしまう」

洋子はマシンを置いて、少し深呼吸をした。
自分の肌に初めて彫ったとき、ハートのラインはぶるぶる震えていた。
しかし何度も練習しているうちに、きれいなラインを引けるようになった。
大丈夫。
いつもと同じようにやれば、私はできるのだ。

洋子は何度も深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
そしてまたマシンを持った。
今度はきれいな線を引けた。
洋子は細かい菊の花びらを、慎重に描いていった。
自分に彫るときは痛みに耐えながらの施術だが、他人の肌は当然のことながら、苦痛がない。
痛みと闘う必要がないだけ楽ではあった。

兄弟子の肌ということで、洋子は注意深く針を運んだ。
筋彫りだけで1時間以上かかった。
筋彫りが終わった時点で施術を終えた。
彫光喜に客が来るまではまだ時間があるが、洋子の緊張が大きいので、今日は筋彫りだけにした。
色づけは次の機会となった。

彫甲が休憩を取ったときに、洋子が初めて彫った菊のラインを見てもらった。

「少し震えているところがあるな。
このラインを最初に彫ったのか。
そこ以外は初めてにしては、まずまずだ。
また今度光喜に仕事が入っていないときに色づけしろ」

初めてということでやや甘めに審査し、彫甲は及第点を洋子に与えた。


洋子の次の施術のときは、梨奈も空き時間だったので、施術を見学した。
菊の色は赤系統だ。
まだライン際のわずかな塗り残しや多少の色むらなどがある。
ラインから色がはみ出した部分がないので、修正は可能だ。

「まだ客に彫るレベルではないが、よくなってきているな。
もう少し自分の肌に彫って練習してみろ。
光喜、すまんがまた光洋に肌を貸してやってくれんか。
彫奈はもう彫る場所がないからな。
さすがに光洋に彫奈の手の甲や首に彫れ、と言うのは酷だろう」

「俺はかまいませんよ。
俺も大海さんにはかなり彫らせてもらいましたから、当然のことですよ。
彫奈にも腕や腹に彫って、練習させてもらいましたからね」

これまで洋子は左右の脚がほとんど埋まってしまうほど練習してきた。
梨奈自身が独学でそうやって練習したという話を聞いたからだった。
梨奈には時々ジュンからアドバイスを受けていたとはいえ、師匠や兄弟子がいる自分のほうが環境に恵まれているから、不平を言っては罰が当たると思って、洋子は頑張ってきた。

その甲斐があって、彫甲に弟子入りしてまだ3ヶ月だが、ほどほどの絵を彫れるようになった。
彫甲は「光洋は大海に比べて進歩が早いから、この調子で頑張れ」
と洋子を励ました。
洋子より進歩が遅いといわれた彫大海は、弟子入りしてまだ3年も経たないのに、彫青龍と共に、春日井道場を任されている。

春日井道場は最近少しずつ客が増えてきて、収益を出せるようになった。

彫甲は洋子に、練習台になってくれる知人がいれば、連れてこいと許可を出した。
洋子はもう少し練習をしたら、本田に頼んでみようと思った。


もう12月も下旬にさしかかり、今年もあとわずかというころ、洋子は本田の右の二の腕に黒い鯉を完成させた。
鯉は何輪もの桜の花や波しぶきで飾ってある。
1回では完成できなかったので、2回、8時間にわたって施術した。
出来映えはそれほどわるくはない。
本田にとっては満足できる作品だった。

「光喜先生の鳳凰には遠く及ばないけど、ヨーコとしてはいいできじゃんか」

彫光喜に彫ってもらった左腕の鳳凰は、光喜がプロとして認められてから彫ったものだった。

「そりゃ、光喜さんにはまだとてもかなわないわよ。
あたいなんかと比較しちゃあ、光喜さんに失礼だわ。
でも、まんざらでもないでしょう」

「ああ、ヨーコからのいいクリスマスプレゼントになったよ」

「そういえば、今日はクリスマスだったね。
すっかり忘れてた」

去年まではクリスマスといえば、疾風韋駄天会の仲間や同年代の友人とパーティーや旅行でてんやわんやだった。
それが今年は入れ墨の修業で、とてもクリスマスどころではなかった。

「でも今のヨーコ、これまでのだらだらした生活じゃなくなって、すごく輝いて見えるぞ。
頭も光ってるし。
やっぱり目標を持ってるから違うんだな。
早く髪伸ばせるように、一人前になれよ。
最近なかなか会えなくなったのは寂しいけどよ」

「頭が光ってるは余分。
でもここまで来たのなら、あたい、絶対いっぱしの彫り師になる。
それまでの我慢よ。
俊夫、あんた、私と会えないからといって、浮気したら承知しないから。
正月は休みもらえるから、久しぶりに蒲郡に帰るわ」

「正月はみんなとツーリングに行こうな」

しばらくすると、彫甲が、「おい、これから武甲山にちゃんこ食いに行くぞ」
と呼びに来た。
彫甲は本田がまだいるのを見ると、「おう。
おまえも一緒に行かんか? おごってやるぞ。
今日は光洋の練習台になってくれたんだからな」
と本田も誘った。

「俺なんかがついていっていいんですか?」

本田は遠慮がちに尋ねた。

「おまえ1人ぐらいにおごっても、彫甲の屋台骨がぐらつくことはないから、遠慮しなくてもいい。
ちゃんこ鍋なんて、あまり食ったことがないだろう。
ごちそうしてやる」

「師匠がああ言われるから、一緒に行きましょう」

彫光喜も本田を誘った。

武甲山では大きなクリスマスケーキが用意されていた。
彫甲は神道を信仰しており、道場には神棚を祀っている。
たいして信仰心があるわけではないが、一応形だけでも道場の神棚に参拝をしている。
だからクリスマスといっても、ただ騒ぐためのものでしかなかった。

武甲山では忘年会のグループが二組、盛り上がっていた。

まずビールで乾杯した。

「俺、バイクですから、飲めないんす」

本田は遠慮した。

「今日、どうしても帰らなければいかんのか?」

「いや、そういうわけでは……」

今夜は元々どこかのホテルで、洋子と泊まるつもりだ。

「それなら道場に泊まっていけ。
光洋が住み込んでいるからな。
今夜だけは俺が許す。
おまえ、光洋のレコなんだろう」

そう言いながら彫甲は右手の親指を立てた。

「あ、それ、いい。
師匠の許可が出たから、俊夫、泊まっていきなよ」

久しぶりに本田と一夜を過ごせるということで、洋子は嬉しくなり、つい乱暴な口調になってしまった。
彫甲も今夜は大目に見た。

仕事の合間に、ときどき美好や昌枝、若菜もパーティーに加わり、みんなに酌をした。
ちゃんこ料理屋でのささやかなクリスマスパーティーだったが、みんなには楽しいひとときだった。

まもなく新年なのだな、と梨奈は思った。
年末年始には伸吾と一緒に実家で過ごす予定だ。
また、伸吾の母親にも会いに行く。
来年はいい年になりますように、と梨奈は心の中で祈るのだった。

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