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刺青師牡丹-第2話 チャレンジ-



第2話 チャレンジ


▼前回までのあらすじ------------------------------------
親友の七海からタトゥーイベントに誘われた梨奈。仕方なく付いて行っただけのはずが、物珍しさから食い入るように実演を見ている内に、タトゥーに惹かれていく自分に気付く。七海の制止にも耳を貸さず、半ば衝動的に梨奈は臀部に牡丹のタトゥーを彫ってもらう事に・・・。
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翌日、職場に出勤した梨奈は、何となく心がうきうきしていた。タトゥーを入れたことが嬉しかった。

昨夜は入浴のとき、臀部に彫った赤い牡丹を、身体をねじって直接見たり、鏡に映して眺めたりした。あまり石けんでごしごし洗うのはよくないというので、残ったインクやにじみ出た体液を軽く洗い流す程度にしておいた。

いつもの倍近い長湯になり、母親が風呂場でのぼせているのではないかと心配 して、声をかけてきた。まだ彫ったばかりで、傷口が痛々しい。


ケアが不十分だと、せっかく入れた色が抜けたりするので、ジュンさんに教えてもらったように、しっかりケアをしなければと思った。傷がずっと浅い アートメイクとは違う点だった。
サロンのオーナーである店長の森川和美が客に眉のアートメイクを施しているとき、アシスタントという立場で施術を見学させてもらった。和美は四〇代半ばというのに、三〇歳で通用するほどの若作りだった。今回店長は手彫りの針で施術をしている。アイラインにはマシンを使うが、眉の場合は手彫りのほうが自然に仕上がるという。

梨奈はいつも以上に熱心に施術を見ていた。頭の中で、昨日のタトゥーの施術と比較していた。昨日のイベントでは、手彫りをしていたアーティストもいた。皮膚に色素を埋め込む作業でも、タトゥーとアートメイクでは、針も施術の仕方も全く違う。

梨奈が勤めるアートメイクサロンピオニーでは、一般向けにアートメイクなどのスクールを開催することもあるが、サロンのスタッフには、無料で技術などを教えてもらえる。今アートメイクの技術を持っているスタッフは、店長と、腕に蝶のタトゥーを入れている先輩の二人だ。

正式にはアートメイクを施術するためには医師免許が必要であり、店長は医師免許を持っている。そのことが、ピオニーのセールスポイントだ。また、医療機関との提携もしている。まつげエクステを担当しているスタッフは、当然ながら美容師の資格を持っている。

梨奈も早くアートメイクの技術を習得したいと思っている。しかし、昨日自分の身体にタトゥーを刻み、アートメイクよりタトゥーに対しての関心が高まった。

「速水さん、今日はいつも以上に熱心に見ていたわね」

施術が終わり、一休みしているとき、和美が梨奈に言った。

「はい、久しぶりに手彫りの施術を見せていただいたので、ちょっと力が入りました」

梨奈はタトゥーの実演を見たことは隠して、そう応えておいた。

「そろそろ速水さんにも、実際にモニターの肌で施術してもらいましょうか。今まで練習用のマットやマネキンでやってもらっていたけど、もうずいぶんマシンの使い方がうまくなったし。お友達でモニターになってくれる人がいれば、連れていらっしゃい。うちのスタッフがスクール生より遅れているのも引け目になるでしょう」

ピオニーのアートメイクのスクールは、速習コース、ベーシックコース、通学コース、プロフェッショナルコースなどいくつものコースがある。今は五日間のベーシックコースで、スクール生が一人学んでいる。彼女は学科や練習用のマットを使った技術実習の段階を終え、いよいよモニターに施術することになっている。梨奈はモニターで実践をさせてくれることをうれしく思った。

梨奈はピオニーに就職して、もう半年になる。受付や接客、事務などを担当しながら、アートメイクやまつげエクステなどの技術も学んできた。梨奈が就職してから、ピオニーは何人ものスクール生を受け入れているが、彼女らはサロンスタッフの梨奈を尻目に、スクールを卒業していった。

ピオニーは現時点ではアートメイクのスタッフの募集がなく、アーティストとして就職することはできないが、卒業生の中には、他店に就職し、もうアートメイクの仕事をしている人もいる。もちろん他店ですぐにアーティストとして活躍できたわけではないが、アートメイク経験者として有利な扱いを受け、何週間かの研修のあと、もうアーティストとして仕事をしている、と卒業生の一人が報告に来た。

また、卒業生はモニターになってくれる人がいれば、無料で研修室を使わせてもらい、施術の実習をすることができる。梨奈も何人かの卒業生が、スタッフが見守る中で施術する場面に立ち会っている。梨奈は自分も早くアーティストとして羽ばたいてみたいと思うのだった。

そう思っていたときに、和美から「実際にモニターの肌で施術してもらいましょう」と言われ、梨奈は喜んだ。梨奈は三日からせいぜい一〇日のスクールではなく、仕事のかたわら、じっくりと勉強してきたのだ。それに昨日タトゥーの施術を見て、自分もやりたくてうずうずしていた。モニターは七海に頼んでみよう。

勤務時間を終えて、梨奈は長坂佳枝に呼び出された。左上腕部に蝶のタトゥーを入れている先輩だ。仕事の時は白衣でタトゥーを隠しているが、同僚たちにタトゥーのことを秘密にしているわけではない。新入りの梨奈でも知っていることだ。佳枝はアートメイクの道具一揃いを持って、研修室に来るように命じられた。梨奈はひょっとしたら、モニター実習について何か指示があるのでは、と期待しながら、道具箱を持っていった。

「今日、オーナーより、そろそろモニターに施術してみないかと言われたそうね。でも、いきなり他人に施術するのはどうかと思うので、まず自分の肌にやってみない?もちろん眉やアイラインとほかの肌では、肌のきめや柔らかさが違うから、即実践とはいかないけど、人様の肌にやる前に、実際の肌で試してみたほうがいいでしょう。それでも今までの人工皮膚なんかよりはずっと練習になるから。

ただ、いくら薄くなるとはいえ、多少はタトゥーみたいに色素が肌に残るもしれないから、強制はしないわ。もし他人の肌にやる前に、実際の肌で練習してみたかったら、だけど。梨奈がうちのサロンのスタッフだから言うことで、スクール生には自分の肌で練習することなど勧めないよ」

梨奈としては、自分の肌に施術してみることは、何らためらいはなかった。かえって心がときめいた。自分の肌とはいえ、とうとう実際にアートメイクができるのだ。昨日、タトゥーを入れたばかりだったので、梨奈は余計にわくわくした。

「はい、やってみます。でも、どこにやったらいいでしょうか?」

梨奈は佳枝に尋ねた。

「そうねえ。左腕でもいいけど、脚か太股にしてみたら?両手が使えるし、腕だとやっぱり半袖になると目立つでしょう。まあ、タトゥーじゃないから、じき薄くなるけれど」

それで梨奈は自分の右足首に施術してみることにした。左だと、昨日彫った牡丹のタトゥーに、より体重がかかってしまいそうだ。今日は椅子にかけていてもけっこう痛かったので、少しでも刺激を減らしたかった。タトゥーはまだ傷が癒えておらず、下着に貼り付かないよう、保護用のパッドを貼ってある。

梨奈は蝶のタトゥーを入れている先輩に、「私も昨日、赤い牡丹を入れたんですよ」と告白してみようという衝動にかられたが、しばらくは隠しておこうと考え直した。

梨奈は椅子にかけた状態で、右足首を左の太股に乗せた。肌を消毒したあと、手術などに使う肌用のマーカーペンで、閉じた状態の二重まぶたの目を描いた。施術するとき、クライアントは目を閉じているので、開いた目を描くのではなく、目を閉じた状態のほうがいいだろうと考えた。そのことに関しては、佳枝は何も口を出さなかった。

マシンと色素を準備し、いよいよ施術となる。梨奈は胸がどきどきした。マシンの針やニードルキャップなどの消耗品は、密封した滅菌済みのものを使用する。カラーは医療成分で作られた、ダークブラウンだ。表皮の〇・〇二ミリから〇・〇三ミリの深さまでしか色素を入れないので、その色素を使えば、三、四年で色がほとんどわからないほど薄くなる。タトゥーの場合は表皮の下の真皮や皮下組織まで刺し入れるため、一生色素が残るのだ。

梨奈は手指の消毒、グローブやマスクの着用などの準備を終え、マシンのスイッチを入れた。昨日初めてタトゥーを体験し、今度は自分自身の肌にカラーを入れるのだ。タトゥーとは色素を入れる深さや色素の成分の違いはあるとはいえ、皮膚の中に色素を埋め込むという行為自体は同じことだ。今使っているマシンでも、深く刺せばタトゥーと同じことができる。インクをタトゥー用のものにすれば、タトゥーそのものになる。

梨奈は今まで学んだことを思い出しながら、細心の注意でもって自分の肌に色素を刺し入れていった。針を刺す深さがタトゥーに比べ、ずっと浅いので、昨日のタトゥーの施術のような痛みは感じなかった。目尻の辺りに重点を置き、特に丁寧に施術した。

四〇分ほどで施術が終わった。梨奈は緊張で汗びっしょりだった。

梨奈の練習をずっと見守っていた佳枝は、完成した作品をじっと見つめた。

「部分的にちょっと深く刺しすぎたところがあるみたいだけど、まあまあね。足首の皮膚は、アイラインにやるときとは少し感覚が異なるから、実際にやるときは十分注意してね。アイラインのほうが肌もずっとデリケートだし。次は手彫りで眉のシミュレーション。時間がかかるから、小さめにしていいよ」

佳枝は今度は眉の練習を指示した。マシンではなく、手彫りの針を使う。梨奈は昼間、店長の実演を見せてもらっていた。

梨奈はアイラインの練習をしたすぐ近くに、マーカーペンで眉毛の形を描いた。佳枝が言ったように、実際の眉の半分程度の大きさにしておいた。今度は手彫り用の針で、一本一本細かく丁寧に描いていった。

昨日見学した、手彫りのタトゥーとは全く違う、繊細な作業だった。もちろんタトゥーも繊細な作業であるが、針を刺す深さが全く違う。深くなりすぎないよう、十分に注意する必要があった。

作業の途中で、仕事を終えた店長の和美が研修室に入ってきた。

「お、速水さん、やってるな」

和美は男のような言い方をした。そして佳枝と並んで、梨奈の手さばきを凝視した。店長に見られ、梨奈は緊張してしまった。それでも梨奈は何とか無事作業を終えることができた。

実際のアートメイクは二週間ほど間を置いて、二回、または三回の施術をして完成とする。しかし佳枝は今日一回の作業で、梨奈に及第点を与えた。佳枝は梨奈の作業をずっと監視しており、出来栄えだけではなく、その過程も評価した。和美は佳枝の眼識を信頼しており、佳枝の採点に異を唱えなかった。そしてモニターになってくれる人が見つかれば、実際に施術をすることを許可した。

梨奈が後片付けを終えると、和美が食事に誘ってくれた。

「速水さん、今日はご苦労様。かなり居残りになってしまったので、たまには一緒に食事でもどう?残業手当の代わりに、私が奢るわ。長坂さんも来ない?彼氏とのデートじゃなければだけれど」

「オーナーも人がわるいわ。彼氏募集中だと知ってるくせに」

梨奈が和美と長坂のそんな歯に衣着せぬやりとりを聞くのは、初めてだった。

三人は和美のなじみの日本料理店に行った。古くからある老舗で、梨奈の給料ではなかなか入る気になれない店だった。和美が接待で使っている店だ。接待のときは部屋を取るが、今日は座敷席だった。梨奈はときどき夕食をサロンのスタッフと一緒に行くが、こんな高級な店に連れていってもらったことはなかった。昼休みはなかなか外出ができず、出前か弁当持参のことが多い。梨奈がみんなの分をまとめて、近所のホカ弁に買いに行くこともある。

「さあ、好きなものを注文してちょうだい」と和美は言った。お品書きを見ると、けっこう値段が高いものが並んでいる。あまり高いものを頼んでは申し訳ないように思い、梨奈は迷っていた。そんな梨奈を察して、和美が「それじゃあ、私のお勧めメニューを頼みましょうか。長坂さんも一緒でいいわね」と注文してしまった。

料理が運ばれる前、和美は梨奈に今日の実習の感想などを訊いた。

「緊張しました」

開口一番、梨奈は正直な感想を述べた。そして、細かい作業で非常に気疲れしたと応えた。

「初めて人の肌で施術して、大変だったでしょうけど、まずまずといったところね。次はモニターを連れてきて」

作業の一部始終を見ていた長坂は、好意的に評価した。

「スクール生たちも卒業する前には友達や家族で実際にやっているんだから、梨奈ちゃんも頑張ってね。うちのスタッフがスクール生に負けるわけにはいかないからね。ところで、モニターになってくれそうな人はいる?」

和美が梨奈に尋ねた。和美はプライベートなところでは、梨奈ちゃんと呼ぶことがある。

「はい。友達がやらせてくれると言っています。さっそく頼んでみます」

「それじゃあ、その人に話してみて。日時など決めたいから。そのときには、カウンセリングなどの実践もしてもらうわ」

そんな話をしているうちに料理が運ばれた。三人は料理に舌鼓を打った。

「アートメイクって、技術的にはタトゥーと同じようなものなのですね」

料理を食べながら、梨奈が和美や佳枝に尋ねた。

「そうね。基本的には同じようなものだけど、でも似て非なるもの、ともいえるかしら。長坂さんはタトゥー入れてるから、よく知っているでしょう?」

和美にタトゥーのことを言われ、佳枝はちょっと戸惑ったようだった。

「そうですね。オーナーが言われるとおり、タトゥーとアートメイクは技術的には全然違うわね。梨奈も知っているように、アートメイクは表皮の部分にごく浅く色素を埋め込む作業だけど、タトゥーはその下の真皮や、場合によっては皮下組織までインクを刺し入れ、一生消えない絵を刻むことだから。私はどちらも体験してるから、よくわかるわ」

「私が今使っているマシンでも、深くインクを刺せば、タトゥーになるわけですね」

「基本的にはそうなるわね。実際アートメイク用のマシンでタトゥーを彫ってる彫り師もいるから。でも、アートメイクで使うカラーと、タトゥーのインクはまた違うものよ。アートメイク用のカラーだと、たぶん何年も経てば、かなり薄くなるんじゃないかしら。深く刺す分、完全に消えることはないと思うけど。

消えるタトゥーなんていって、薄くなりやすいインクを肌の浅いところに入れて、数年で消えることを売り物にしているタトゥーもあるよ。でも、実際は完全に消えるなんて嘘だけど。消えるからと安易な気持ちでやって、中途半端に残ってしまって、悩んでいた人を知ってるわ。その人は上から別のタトゥーを入れて、きれいにカバーアップしてもらったよ。

実はそれは私。オーナーにタトゥー除去をしてもらおうと相談したけど、いろいろなカラーを使っているので、レーザー照射では完全には消えないと言われ、結局タトゥーを入れ直したの。タトゥーはやっぱり一生背負っていくことを覚悟して彫らなければね」

梨奈は佳枝のタトゥーには、そんな秘話(悲話?)があったのかと初めて知った。

「でもどうして?梨奈もタトゥーに興味があるの?」

「実は私、昨日友達に誘われて、タトゥーのイベントを見に行ったんです。人の肌にタトゥーを彫る場面を見て、なんか似てるなと思いまして」

梨奈は私も昨日タトゥーを入れてもらったと、口から出そうになったが、それは言わずにおいた。長坂さんもタトゥーを入れているのだから、私も入れたと打ち明けても問題はないだろうと思えたが、何となく言いそびれた。やはりタトゥーのことはもうしばらく黙っておくことにした。

「梨奈、あなた、ひょっとして、そのときお尻にタトゥーを入れたんじゃない?」

長坂が周囲の客の耳を気にして、小声で梨奈に問いかけた。長坂の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている梨奈を見て、長坂は確信を持った。自分自身がタトゥーを入れているからこそひらめいた直感だった。

「気付いてたんですか?長坂さん」

「やっぱりね。今日ずっと椅子にかけるとき、お尻を気にしてたから、転んで尻餅でもついて、お尻を強く打ったのかな、と思ってたけど、さっきの話でピンと来たのよ。それで鎌をかけてみたの。何の図柄?」

「赤い牡丹ですけど。お店の名前もピオニーなので、牡丹にしました。他人に見られないところにと思って、お尻にしたんですが」

やむなく梨奈はタトゥーを入れたことを告白した。

「そう。梨奈ちゃんも入れたのね。まあ、お尻ならお客さんに見えるところじゃないから、何も言わないけど。でも、白衣からはみ出るところには入れないでね」

信頼している片腕である佳枝がタトゥーを入れているので、和美も梨奈を咎めることをしなかった。

食事は四〇分ほどで終えた。梨奈はご馳走してくれたお礼を和美に言って、帰宅の途についた。

家に帰った梨奈は、自分が所有しているマシンでタトゥーも彫れるということを佳枝に聞いて、アートメイクではなく、タトゥーを自分の肌にやってみようと思った。アートメイクの実習で自分の肌に施術したので、次はタトゥーもやってみたくなったのだ。

長坂がアートメイクとタトゥーはインクが違うと言っていたので、インターネットで検索して、どんなインクがあるかを調べてみた。そして黒に加えて、白、赤、ピンク、オレンジ、黄、青、水、緑、黄緑、茶、紫、藤の一三色セットを注文した。今ではタトゥーの用品もインターネットで簡単に注文できる。インクが届いたら、さっそく自分の脚や太股に彫ってみよう。梨奈は考えただけで、胸がわくわくした。

翌日、昼休みの時間に、携帯電話で七海にアートメイクのモニターを頼んだら、快諾してくれた。施術は次の土曜日の午後三時からとなった。施術のときには、和美か佳枝のどちらか空いている方が付き添ってくれる。

「何といっても顔だからね、絶対失敗しないでよ。要するに、私は練習台なんでしょう?」

「プレッシャーかけないで。大丈夫。スクール生だってやってるんだし。私は店のスタッフとして、スクール生よりずっとキャリアを積んでいるんだから」

「まあ、普通にやってもらうと三万円ぐらいするのをただでやってもらえるんだから、文句言えないか。ところで、この前のタトゥー、どうなった?」

「やっと傷口のじゅくじゅくが止まってきたところよ。座っていていつも体重がかかっているところだから、大変だったわ。このあと、かさぶたができても、自然にはがれるまで、絶対無理にはがしてはいけないそうだけど。結局サロンの店長や先輩にタトゥーしたこと、ばれちゃって」

「え、ばれちゃったの?」

「うん。椅子に座っているとき、お尻をもじもじさせていたから、怪しまれちゃった。先輩もタトゥー入れてるから、ピンと来たのね」

「そう、それで大丈夫だった?」

「店長が、お客さんに見えないところだから、と不問にしてくれたわ。先輩だって入れてるんだから、私だけだめだとは言えないし」

「よかったね。タトゥー、きれいに治ったら、見せてね。マサも腕や胸に入れてるけど、どくろとかサソリとか、キモいものばかりだもんね。梨奈の牡丹、とてもきれいだよ。それじゃあ、次の土曜日、三時前にはお店に行くから」

「よろしく。七海の顔、腕によりをかけてきれいにコーディネートしてあげるからね」

「期待してるね」

梨奈は全力を尽くすことを七海に約束した。

その三日後、サロンから戻ると、タトゥー用のインクが届いていた。今日は休みをもらっていたが、アートメイクの練習のために出勤し、研修室でスクール生と一緒に練習をしていた。自分の肌を使って練習している梨奈を見て、スクール生は驚いていた。スクール生には練習で自分の肌を使うことをさせていない。

スクール生は今日、モニターになってくれる友人を連れてきて、実習をした。スクール生は二人以上のモニターで実習することが、卒業の条件だ。スクール生には佳枝が付き添い、アドバイスを送っていた。そんなスクール生を見ていて、梨奈もいよいよ明日は七海に実際に施術するのだ、と胸が高鳴った。

梨奈は自室に入ると、さっそくタトゥーのインクが入った包みを開封した。インクは二分の一オンス入りの小さな容器だったが、梨奈が使っているアートメイク用のピグメントカラーも同じく二分の一オンスだ。アートメイク用のカラーにはない、鮮やかな色が一三色揃っている。今度の休みの日にさっそく自分の脚にでもやってみようと思った。

梨奈は両親と夕飯を食べた。父親は以前は仕事が忙しく、めったに夕飯を一緒に食べることがなかった。しかしこのところ、会社が不景気で、ほとんど残業がなく、父は定時に退社している。

夕飯後、梨奈は自室にこもり、自分に彫るタトゥーの図柄をデザインした。図柄はフェニックスタトゥーのパンフレットにあった写真を参考にした。まずは簡単そうな図柄からだ。梨奈は一時間以上かけて、桜と四つ葉のクローバーの絵を描き上げた。色鉛筆で着色をした。着色するときは、さっき届いたインクの色を考慮した。ジュンの作品の模倣だが、最初は見本どおりに彫ってみるつもりだ。次の休みは、サロンの定休日である火曜日だ。その日が待ち遠しかった。

入浴のとき、身体をねじって牡丹のタトゥーを見た。梨奈は身体が柔軟だ。かさぶたができはじめてから、むずがゆくてたまらない。もし掻きむしってかさぶたをはがしてしまったら、せっかくの絵が台無しになってしまうというので、掻きたいのをぐっと我慢していた。

薄くできたかさぶたの一部がはがれかけていた。はがれた部分の肌が、きれいに着色していた。自分の肌が、こんなにきれいに染まったのだと思うと、とても不思議な気持ちだった。そして、なぜか性的な快感さえ覚えた。

湯に沈むと、かさぶたがふやけてはがれやすくなるので、極力めくらないように気をつけねばと思った。あと二、三日もすれば、かさぶたがとれて、きれいな牡丹の花が現れるだろう。梨奈にとっては、まさに〝現れる〟という表現がぴったりだった。そのときが待ち遠しかった。お尻に牡丹の花が咲いているなんて、男の人にはとてもセクシーに見えるのではないか、と梨奈は想像して楽しんだ。

自分で最初に施術したアートメイクは、もう傷が癒えていた。針をごく浅く刺すので、その分回復も早い。施術した部分が薄い茶色に着色している。しばらくすればさらに薄くなり、目立たなくなるだろう。その後、梨奈は毎日自分の肌で練習をした。時にはタトゥーのように深く針を刺してみようかな、と考えることもあったが、タトゥーをするなら、専用のインクが届いてから、タトゥーらしい図柄を入れてみようと思いとどまった。インクが届いたので、次の休みの日にさっそくタトゥーを入れてみるつもりだ。
 
七海は約束の時間より二〇分ほど早くサロンに来た。


「今日は速水さんの実習に協力してくださり、ありがとうございます。実習といっても、速水さんの技術はしっかりしているから、ご安心ください」

店長の和美が七海に挨拶をした。今週は毎日居残りで、練習用マットや自分の脚に練習している梨奈を見て、和美は練習熱心な梨奈に太鼓判を押した。昨日は休み返上で、練習に来ている。梨奈の右足首には、失敗したタトゥーのような、薄い茶色の線がたくさん入っている。これも梨奈の研鑽の証だ。和美や佳枝は、アートメイクの線はタトゥーとは違い、じきに薄くなって、ほとんど目立たなくなるから心配しなくてもいいという。梨奈はその部分に自分でタトゥーを入れて、カバーアップするつもりだ。

その時間はたまたま予約がなく、来客用の施術室が空いているので、七海への施術は、研修室ではなく施術室を使わせてくれることになった。研修室も施術室と同じように、衛生面などには十分配慮してあり、環境も整っているが、やはり施術室のほうが雰囲気がよかった。

まずはカウンセリングから行う。七海はアイラインへの施術を希望している。

どんな感じにするか、そしてカラーはどんな色が似合っているかなど、じっくり話し合う。カウンセリングも実習の一環なので、接客としての言葉遣いをした。MRIには影響が少ないカラーを使用しているが、もしMRI検査を受けるときには、事前に医師に申し出るように、という注意事項も話した。

その場に和美も臨席し、ときどきアドバイスをしてくれた。七海はいつもコンタクトレンズを使用しているが、アイラインの施術をするとき、コンタクトレンズは外してもらう。だから七海は今日は最初からメガネをかけて来ている。また、目の周囲はメイクをせず、すっぴんで来るように頼んであった。

デザインなどが決まり、いよいよ施術だ。梨奈は自分の肌で初めて練習したときよりも、はるかに緊張していた。やはり他人に施術するとなると、その緊張は自分の肌で練習をしていたときの比ではない。手が震えたりすれば、デザインが狂い、色もむらになってしまう。失敗は許されない。

「速水さん、大丈夫よ。速水さんは初めて施術するスクール生より、ずっと経験を積んできたのだから。自信を持ちなさい。深呼吸をしてから、下腹にぐっと力を入れてみなさい」

和美は緊張する梨奈に、アドバイスをした。

「そうそう。それをあと二回繰り返して」

和美の言葉に従い、梨奈は三回下腹に力を込めた。すると、不思議と力んでいた力が抜け、リラックスしてきた。逆に練習台となる七海のほうが緊張している。七海は目を閉じた。梨奈は初めて他人の肌に針を下ろした。梨奈は細心の注意を払い、現時点でできる最善を尽くした。

施術には一時間以上かかった。和美なら半分以下の時間で終えてしまう。施術後、七海の目の周囲を、アイマスクでしばらく冷やした。アイマスクを外して、七海はさっそく鏡で出来栄えを確認した。

「少し目がぱっちりして、いい感じになったわ。ちょっとチクチクして痛かったけど」

七海は鏡の中にある自分の顔に見とれた。

「今日は少し薄めにしたから、二週間ぐらいしたら、もう一度施術するね。私も初めての経験だから、少し間を置いて、完全に傷が癒える三週間後にするほうがいいかしら。たぶん次回で終わりになると思うけど、ひょっとしたらもう一回やることになるかもしれないよ」

「うん、じゃあまた三週間後の同じ時間でいい?」

「ええ、いいわ。今日はたまたまお客さんの予約がなかったから、このお部屋使わせてもらえたけど、次は研修室になるかもしれないよ」

七海は次の予約をした。和美は初めてにしてはよくできたと講評した。何百人もの人に施術して、やっと一人前のアーティストになれるのだという。まだ道は険しいけど、これからも頑張ってほしい、期待してるよ、と和美は梨奈に注文した。

「今日はもう上がっていいから、星野さんに夕食でもおごってあげなさい。わざわざあなたのモニターになってくれたのだから」

梨奈は店長の言葉に甘え、片付けを終えると、七海と一緒にサロンをあとにした。

サロンが休みの日、梨奈は念願のタトゥーを自分の肌に施した。前日、サロンから自分のマシン一式を自宅に持ってきた。二種類あるうちの、パワーが強いほうを選んだ。タトゥーに使うなら、パワーがあるほうがいい。

梨奈は朝から自分の部屋にこもった。母親には「アートメイクの勉強をするから、当分入ってこないで。気が散るといけないから」と伝えておいた。母親は午前一〇時前にパートで出かける。

右足首をアルコールで消毒してから、ボールペンで桜の花を描いた。転写シートがあるといいな、と梨奈は考えた。今度は転写用のカーボンも買っておこう。

アートメイクの実習で薄い茶色の線が入っている部分を、カバーアップするつもりだ。パンフレットにある、ジュンの作品の写真をそのまま模写した。

白い小さなカップに黒のインクを注ぎ、いよいよ実践だ。マシンをラップでくるみ、ニトリルのグローブを着ける。マスクは自分自身に彫るので、省略した。マシンのインクを洗うため、使い捨てのプラスチックのコップに精製水を注いだ。タトゥーイベントで見た、アーティストのブースの模様をできる限り再現した。梨奈自身、アートメイクを志しているので、観察眼は鋭かった。

ラインには一本針を使った。針もニードルキャップも、滅菌したものを密封してある。マシンのスイッチを入れ、針をカップのインクに浸した。アートメイク用マシンの音はタトゥー専用のコイルを使ったマシンほど大きくはない。

「さあ、いよいよだわ。きれいにできるよう、頑張るぞ」

梨奈は気合いを込め、最初の一針を自分の肌に下ろした。何度もアートメイクの実習をしているので、特に緊張感はなかった。

梨奈は輪郭の線に沿って、慎重にマシンを運んだ。アートメイクよりずっと深く針を刺すので、痛みは大きかった。どれだけの深さに刺せばいいかは、手探りの状態だ。しかし、自分の肌をきれいに飾るのだと思うと、その痛みは心地よかった。それどころか、快感さえ伴った。二〇歳の梨奈は、今は特定の恋人がいないが、性体験は何度もしている。梨奈はタトゥーを入れるときの快感が、性的なものに似ていることに気付いていた。梨奈がタトゥーにのめり込んだ理由の一つに、性的な快感があった。

下書きのラインをなぞっていて、インクがぼとりと肌に落ちたり、飛び散ったりして線が見づらくなったら、ティッシュペーパーでそっと拭った。強く拭けば、ボールペンの下書きが消えてしまう。小さな桜の筋彫りは、三〇分ほどで完成した。この前ジュンに彫ってもらったときは、何倍もの大きさの牡丹の筋彫りを、同じくらいの時間で仕上げてしまった。

梨奈はインクの汚れを、ティッシュで丹念に拭き取った。ラインはきれいに仕上がっていた。アートメイクの練習が役に立った。

「初めてにしては上出来だわ。問題は色塗りね」

アートメイクでは、タトゥーのような色の塗り方をしない。シェイダー専用の針もない。梨奈は五本の丸針を使った。五本針はアートメイクで使うことはあまりない。梨奈が今持っているアートメイク用マシンの針では、最も本数が多いものだ。

カラーは赤、ピンク、白、黄、緑を用意した。色もジュンの作品の模倣だった。まずは見本のとおりに彫ろうと梨奈は考えた。

最初は葉の部分、緑色を入れた。五本丸針を人の肌に使うのは初めてなので、なかなかうまくいかない。葉の先端のとがった部分にはみ出ないように入れるのがむずかしかった。細かいところに作業するため、左手の親指と中指で、ぐっと皮膚を伸ばした。筋彫りとは違って、うまくいかない。それでも何度もやっているうちに、肌が着色した。

タトゥーの色塗りは、濃い色から塗るのだと聞いている。薄い色を先に入れた場合、あとから入れた濃い色と混ざって、色が濁ってしまうからだ。それで梨奈は白やピンク、黄ではなく、赤のつぶしから始めた。なかなか思うように肌が染まらない。うまくいったかなと思って、ティッシュで拭うと、あまり色が入っていない。何度も何度も針でなぞって、今度こそうまく入ったかと思ったら、濃淡がかなりむらになっていた。

三時間近く悪戦苦闘し、ようやく直径四センチほどの桜が完成した。梨奈は精神的に疲れて、ぐったりしてしまった。

「何とか形にはなったわ。初めてにしては上出来ね」

梨奈は出来栄えに満足した。
 
しかし、何日か後にかさぶたがはがれたとき、ラインはきれいに残ったが、色はあらかた抜けてしまった。アートメイクは表皮のごく浅いところに色素を埋め込む。タトゥーだからもう少し深く刺さなければと思っていたが、まだ針の刺し方が浅かったのだろうか。それとも何度も突き直したので、肌がダメージを負い、かさぶたと一緒に色素まで抜け落ちてしまったのかもしれない。


梨奈はタトゥーの難しさを改めて思い知った。そして、タトゥーのおもしろさにのめり込んでいった。きっと私もきれいにタトゥーを彫れるようになってやろう。梨奈は改めて闘志を燃やした。

牡丹BN2

第3話 彫師デビュー    2013年03月15日(金)10時00分
第2話 チャレンジ     2013年03月05日(火)10時00分
第1話 タトゥーとの出会い 2013年02月22日(金)10時00分

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